暴走聖剣へ停止命令を届ける
伝令ユフィは、戦場で最も遅いと言われていた。
馬に乗れず、転移魔法も使えない。けれど宛名と命令が正しければ、矢の雨でも迷宮でも必ず届ける。それを兵士は「走るしか能のない紙袋」と笑った。
技能は、人から人へ手紙を運ぶためのものだと教えられた。
【職業技能《絶対伝達》:宛先の定まった命令一つを、遮るものなく受取人へ届ける。】
帝国との戦争が終わる直前、王国の聖剣が暴走した。
聖剣は敵を自動で追う巨大兵器で、空を飛び、城壁ごと軍勢を斬る。だが操縦王が戦死した瞬間、最後の命令《敵をすべて討て》だけが残り、降伏した兵も避難民も区別しなくなった。
剣は雲の上まで昇り、十万人を焼く光を蓄える。
副王は停止印を作ったが、聖剣へ近づける者はいない。魔法通信は刃の結界に切断され、鳥も光へ触れて消えた。
「命令を届けられぬなら、伝令など不要だったな」
将軍が吐き捨てる。
ユフィは停止命令の封書を受け取った。宛名欄は空白だった。これまでは操縦王を受取人にしていたからだ。
だが止まるべきなのは、死んだ王ではない。
命令を聞く能力があるなら、剣そのものが受取人になれる。
ユフィは宛名へ書く。
《王国聖剣・第一号》
将軍は「武器が手紙を読むものか」と笑った。
「読む必要はありません。届けばいいんです」
技能を発動すると、封書が彼女の手から消えた。
次の瞬間、雲の上の聖剣、その柄に封蝋が現れる。紙を開く手はない。それでも命令は刃の内部へ直接届いた。
《攻撃を停止し、鞘へ帰還せよ》
空を覆っていた光が消える。
巨大な聖剣は刃先を下げ、戦場の全員を傷つけない速度で降下した。ユフィの前まで来ると、人の背丈ほどへ縮み、彼女が持つ空の伝令筒へ自ら収まる。
十万人の頭上から、死の光が消えた。
ユフィは筒へ受領印を押す。
「王国聖剣、命令受領。配達完了です」
降伏した敵兵と王国兵は、同じ空を見上げて息を吐いた。将軍はユフィへ勲章を投げるように渡したが、彼女は受領せず、配達記録へ署名だけ求めた。命令を出す者にも、届いた結果へ責任を負わせる。その欄を、これから誰にも空白にさせないためだった。
【職業《伝令》が上位職《絶対伝令官》へ書き換わりました。】