曇り硝子の相談室
相談者は曇り硝子の向こうで泣き、相談員はその言葉を私に伝えた。
児童施設の寄付金が消えた事件で、内部告発を望む職員がいると連絡を受けた。身元保護のため、相談者は隣室に入り、姿を見せずに話す。こちら側には相談員が座り、曇り硝子越しの小声を聞き取って説明した。
奇妙だったのは、向こうで吸入器が鳴るたび、相談員も胸元へ手を当てたことだ。もう一つ、相談者の書いたメモと相談員の記録には、「隠蔽」の「蔽」を同じ古い字形で書く癖があった。長く支援しているうちに似たのだという。
相談者は、施設長が寄付金を私用口座へ移したと証言した。提示された帳簿も送金記録も整っていた。しかし口座を追うと、金は施設長を経由して、相談員が運営する支援団体へ流れている。告発は施設長だけに罪を負わせるためのものらしい。
面談のたび、相談員は向こう側へ温かい茶を二杯運んだ。終わると一杯は空、一杯は冷めたまま戻る。私は空のカップの縁を調べたが口紅も唾液もなく、流しには茶を捨てた跡だけがあった。二人分の気配を作るための湯気だった。
施設の職員名簿に告発者らしい人物はいた。ただし三年前に退職し、現在の出来事を知るはずがない。相談員は「匿名性のため別人の名を借りた」と説明した。その説明自体が、姿のない人物を何にでも変えられる盾になっていた。
私は次の面談で、曇り硝子の向こうへ小型時計を置いた。相談者が答えるたび、相談員の机の下から時計と同じ反射が見えた。隣室の音ではなく、机に隠した録音機へ向かって自分で囁き、短い遅延をつけて硝子の向こうのスピーカーから流していた。
扉を開けると、隣室には椅子が一脚もなかった。床にあったのはスピーカーと、泣き声を湿らせる布だけだ。
「相談者は保護されています」と相談員は言った。
「ええ。あなたの中に」
吸入器を鳴らすと、相談員の胸元でも同じ機械が震えた。
曇り硝子の両側にいた告発者と支援者は二人ではない。一人が空室へ声を送り、存在しない被害者を守るふりをしていた。