曲間三分の卵焼き

「続いて、最新の交通情報です」

笑みを声に残したまま、榊原千景は空腹を飲み込んだ。

ラジオ局の生放送ブースから弁当が消えた日、台風で交通情報が増え、朝から六時間、千景はほとんどマイクの前を離れていなかった。午後一時、ようやくニュースの切れ目に弁当を探すと、控室の冷蔵庫は空だった。

原稿は放送中にも差し替わり、濡れた道路名を一字ずつ確かめる。声が少しでも曇れば、聞いている誰かを不安にさせる。千景は空腹をマイクの外へ追い出し、明るい声だけを残していた。

出入りしたのは、プロデューサーの御子柴、音響の永瀬、ゲスト歌手の篠宮。永瀬はケーブルを取り、篠宮は水を冷やした。御子柴は「本番中に食べ物の話をするな」とだけ言い、進行表を抱えて去った。

進行表を見ると、一時十二分に三分ちょうどのインスト曲が追加されている。隣のスタジオBは使用表示なのに、マイクのランプが消えている。ドアノブには、千景の弁当を包んでいた水玉の布が結ばれていた。

曲が始まると同時に、御子柴が顎でスタジオBを示した。

中には弁当と温かいお茶、三分の砂時計が置いてある。

「犯人ですね」

「放送に穴は開けてない」

「私の昼食に穴を開けました」

「先週、俺がニュース原稿を落としたとき、君が七分つないだ。その礼だ」

御子柴は、千景が休憩を勧めても「大丈夫」と言うことを知っている。だから弁当を先に移し、食べる以外に使い道のない三分を作った。

「礼なら言葉で十分です」と千景が言うと、御子柴は首を振った。

「言葉を仕事にしている人ほど、言葉だけでは休まない」

砂が落ち始める。ガラス越しで永瀬が次の原稿を掲げ、篠宮が親指を立てた。

千景は蓋を開けた。卵焼き、塩むすび、茹でたブロッコリー。豪華ではない。でも自分で朝詰めた昼が、まだちゃんと待っていた。

卵焼きを一つ頬張る。二口目でお茶を飲み、三口目の前に砂が落ち切った。たった三分なのに、指先の冷たさが消え、背中が椅子へ戻ってくる。

ブースへ戻ると、インスト曲の最後の音が伸びている。千景はマイクを上げた。

「お聴きいただいたのは、三分間のインストゥルメンタルでした」

一拍置き、声に笑みを混ぜる。

「ただいま。少し元気になりました」