最も小さな獣王

「魔獣の鳴き声に含まれる敬称が分かる? 礼儀作法で牙は止まらぬ」

獣語院の試験で、ウルシェは無能とされた。

【能力:《獣の敬称》――魔獣の一声から、誰をどの身分として呼んでいるか理解する】

内容までは訳せず、一日に一声だけ。彼は王都動物園の餌係へ回された。

白鬣獣の群れが北門を囲んだ日、兵は最大の雄を王だと判断した。

山ほどの雄は金の角を持ち、門へ向かって咆哮する。獣将カラディンは王を射れば群れが崩れると考え、弓隊へ照準を命じた。

群れの中央には、掌ほどの仔獣がいた。片耳が欠け、泥にまみれている。兵は餌にされる弱い個体だと思った。

ウルシェは最大の雄の咆哮へ《獣の敬称》を使った。

雄が呼びかけていた相手は、人間の門でも兵でもない。

仔獣だった。

しかも呼称は「母祖陛下」。

白鬣獣は成長するほど大きくなるとは限らない。千年に一度生まれる群れの母は、魔力を次代へ分け与えるため、生涯小さいままだ。最大の雄は王ではなく護衛だった。

「なぜ獣王が王都へ来た」

ウルシェは仔獣の首に、人間の銀鎖が食い込んでいるのを見た。動物園の商人が珍獣として捕らえ、逃げられたのだ。群れは奪還のため門を囲んでいる。

彼は弓隊の前へ出て、仔獣へ近づいた。雄が牙をむく。

ウルシェは餌係として毎朝使う小刀で、銀鎖だけを切った。

仔獣が一声鳴く。

今度は能力を使えない。だが群れは全頭、頭を地面へ伏せた。最大の雄も牙を収め、仔獣を背へ乗せる。

白鬣獣たちは門を壊さず、仔獣を囲む円陣のままゆっくり山へ帰った。翌朝、北門前には盗まれた家畜と、治癒力を持つ白い毛が山と置かれていた。門番の傷ついた腕も、その毛を巻くだけで塞がった。

試験官が「小さい個体を見ただけ」と言う。

カラディンは最大の雄へ向けていた矢を折った。

「大きさで王を決める者に、獣軍は任せられぬ」

獣将はウルシェへ王立獣園の金笛を渡す。

「次に群れが頭を下げたら、最も高い者ではなく、誰へ敬称を向けたかを見よ」