最後の一音は盾の内側
「《終音送り》は、詠唱の最後の一音を別の場所から響かせるだけ」
魔術決闘院の院長ヴェルナードは、エミルドを補欠席へ追いやった。
【技能:味方の詠唱最後の一音を、視界内の一点へ移して発声させる】
音量も威力も増えない。発音を遠くへ届けるだけ。魔法は術者から放たれるのだから、声の場所を変えても意味はない――それが千年続く常識だった。
卒業決闘の最中、帝国の刺客が乱入した。
刺客は《無響盾》を展開する。外側から来る魔力を全て弾き、院長の雷槍さえ霧散させた。盾の内側では、刺客が王女へ呪殺剣を振り上げている。
「結界を割れ!」
上級魔術師たちが連射するほど、盾は光を増すだけだった。
刺客までの距離は十歩もないのに、誰一人そこへ魔法を届かせられない。王女の護衛が盾へ体当たりし、逆流した魔力で倒れた。呪殺剣の刃には、すでに黒い文字が走り始めている。
エミルドは詠唱式を思い出した。前世で舞台音響を扱っていた彼には、魔法陣が一つの演劇に見える。術者が台詞を積み上げ、最後の音が落ちた場所で幕が開く。
本当に魔法は術者から出るのか。
それとも、最後の一音が『出口』を決めているのか。
「院長、もう一度《雷槍》を。最後だけ、長く伸ばしてください」
ヴェルナードは疑いながらも詠唱を始めた。青い雷が杖へ集まり、最後の音節が喉に乗る。
「――ラァァ!」
エミルドはその一音を、無響盾の内側、刺客の背後へ移した。
声が結界の中で響く。
雷槍は院長の杖から飛ばなかった。刺客の背後に青白い穂先が生まれ、無防備な内側から胸を貫く。無響盾は外向きの攻撃を防ごうとして閉じたまま、主だけを焼いた。
王女の前で刺客が崩れ、結界も消える。
院長は自分の杖を見つめた。
「三十年使った魔法の出口を、私は知らなかったのか」
「みんな、火を見るので。最後の音は地味ですから」
ヴェルナードは補欠札を拾い、二つに折った。
「地味な一音で、最強の盾の内側へ入った者が言う台詞ではない」
彼は院長席の隣を指す。
「エミルド。今後、全ての新術式はおまえが最後の一音を決めろ」