最後の洗濯ばさみ

莉子の二十六歳の誕生日は、風の強い日だった。

窓を開けると、ベランダの物干し竿が細く鳴った。病院から戻って三日目で、外へ出るのは止められている。けれど朝、澪が洗ったハンカチが十枚、かごの中で湿ったまま重なっていた。

二人とも布製のハンカチを使う。澪は何でもポケットへ詰めるので、洗濯のたびレシートや飴の包みが出てくる。今日は何も入っていなかった。昨夜、澪が一枚ずつ確認して洗ったのだ。

莉子は、これだけ干す、と決めた。

「私がやる」

澪がかごを持ち上げる。

「昨日もやったでしょ」

「毎日やるものだから」

「今日は私の誕生日」

「誕生日の権利、それに使うの?」

莉子はうなずいた。ケーキを選ぶ権利も、見たい映画を決める権利も使わなかった。十枚のハンカチを干すことだけ、譲らなかった。

窓際に椅子を置き、ベランダへは出ずに腕だけ伸ばす。澪が物干し竿を低い位置へ下ろした。風が室内へ入り、カレンダーの端をめくる。

一枚目は白。二枚目は黄色。三枚目は、莉子が退職するとき同僚にもらった花柄。濡れた布は指に吸いつき、広げるのに時間がかかる。

洗濯ばさみを一つずつ留める。風が強いので、左右に二個。十枚なら二十個必要だ。かごの縁には、青と白と透明の洗濯ばさみが混じっている。透明のものは紫外線で白く曇り、開くと小さく軋んだ。二人がこの部屋へ越してきた日に、百円店でまとめて買ったものだった。

「数、足りる?」

澪が尋ねる。

「足りなかったら一枚減らす」

「取り込むのは私ね」

「うん」

五枚目で腕が痺れ、椅子の背にもたれた。澪は黙って水を差し出す。莉子は一口だけ飲み、また腕を伸ばした。

七枚、八枚。ハンカチは風を受け、まだ濡れているのに軽そうに膨らむ。九枚目の端が何度も逃げ、澪が反対側を押さえた。二人の指が濡れた布越しに重なったが、どちらも手を止めない。留め終えると、澪はすぐ次の一枚を差し出した。

最後は薄い灰色の一枚だった。莉子が通院の日によく持っていたもの。角に小さな薬の染みがあり、洗っても落ちていない。

残った洗濯ばさみは一つ。莉子は灰色の角と竿を挟み、指に力を入れた。

ばねが閉じた。