月から来た小包
月面基地〈黎明〉で、地球便の小包が食堂に置かれていた。最後の補給船は十一日前に離陸し、次の着陸は三週間後。エアロックの循環記録もゼロである。送り状は東京の菓子店から当日発送となっていたが、中には基地の保管庫から消えた青い結晶試料が入っていた。
容疑者は着陸船操縦士の九鬼、生物担当の柴崎、造形技師の榧森。九鬼は帰還延期を避けたく、柴崎は実験汚染を隠したく、榧森は試料の私的利用を疑われていた。誰もが、地球から誤送された箱に見せれば基地内の窃盗を否定できる。基地の通信には七分の遅延があり、菓子店へ即時確認することもできない。送り状だけを見れば、地球の住所も受付番号も精巧だった。
保安主任の八重樫が示した手掛かりは三つだった。茶色い箱の表面には、肉眼では紙目に見える〇・二ミリ間隔の積層線が走っている。削った断面は植物繊維ではなく、月土を混ぜた造形用樹脂だった。そして造形室の茶色樹脂リールは二百三十八グラム不足し、その使用記録は榧森の個人番号で開始されていた。
九鬼は補給船に残った荷物だと言い、柴崎は地球製の新素材かもしれないと主張した。榧森は積層線を輸送中の圧痕だと説明したが、線は角を越えて同じ間隔で連続している。箱は折られたのではなく、薄い層を重ねて一体成形されていた。九鬼は造形機なら誰でも予約できると反論したが、個人番号は生体認証と結びつき、代理使用はできない。柴崎は樹脂の不足量を計り間違いだと言ったものの、未使用リールとの重量差は二度量っても同じだった。
八重樫が送り状を剥がすと、その下にも紙繊維はなく、樹脂の平滑面が現れた。印刷された宅配会社も菓子店も実在する。だからこそ、誰も箱の材質まで疑わなかった。
「積層線は三次元造形、月土樹脂は製造場所、減った二百三十八グラムと個人番号は榧森さんを示します。あなたは地球の箱を複製したのではなく、地球らしく見える容器を月で出力した。荷物は宇宙を渡っていません。送り状だけが人の思い込みを地球まで往復させたのです。外から届くはずがないなら、外という前提そのものを捨てるべきでした。二百三十八グラムは箱と蓋の実測重量に等しい。あなたが作ったのは容器だけではありません。地球便という物語を出力し、月面基地の全員にその物語を先に読ませたのです」