月兎質店の値札
家賃の引き落とし前日、皐月は母の形見の指輪を質店へ持ち込んだ。
丸眼鏡の店主は、白い耳を帽子へ押し込み、真鍮の天秤へ指輪を載せる。
「値段は情より正直だ」
月兎の杵白は、人間が「大切」と言いながら物を金額へ換える顔が嫌いらしい。店内の品には値札がなく、代わりに「帰る」「帰らない」とだけ札がついていた。
皐月は転職したばかりで、最初の給料日まで十日ある。
母からもらった指輪を手放したくない。でも友人に借りるのも、カードローンを使うのも怖かった。
「いくらになりますか」
「三千円」
「そんなに安いんですか」
「石はガラス。台は銀」
「母は、本物だって」
「人間は子どもへ渡す物に、値段以外の本物を混ぜる」
杵白は内側の細い傷を見せた。指輪は一度、石を外して作り直されている。皐月が大学へ入った年、母は急にパートを増やした。学費の足しにしたのかもしれない。
「じゃあ、もう価値がない?」
「三千円あると言った」
「家賃には足りません」
「だから、人間の情は計算が下手だ」
杵白は指輪を天秤から下ろし、代わりに皐月の鞄を載せた。中には転職先の社員証、弁当箱、使い込んだ手帳がある。
「十日間、夜の棚卸しをしろ。前払いで必要額を出す」
「雇うんですか」
「担保だ。途中で逃げたら、その鞄を売る」
「こんな物、売れませんよ」
「人間は働き始めた鞄を軽く見る。嫌いだ」
皐月は指輪を持ち帰り、十日間、閉店後の店で品物へ札をつけた。古いカメラには「帰る」、婚約指輪には「帰らない」。理由を尋ねても、杵白は答えなかった。
給料日に借りた分を返すと、杵白は真鍮の天秤へ指輪をもう一度載せた。
「値段は情より正直だ」
「三千円ですよね」
「ああ。だから預からない」
彼は「帰る」と書いた札を指輪の箱へ結ぶ。
「情に値段をつけると、安すぎて商売にならん」
皐月は笑い、翌月も週に一度、棚卸しへ来る約束を、返済済みの伝票の裏へ紙に書いた。
月兎は人間が嫌いなので、口約束を信じないのだ。