朝に戻る文字
中学生は、親戚の家で暮らし始めた。
母が長く入院することになり、退院までの「仮の家」だと自分に言い聞かせた。
親戚夫婦は優しかったが、優しさへ慣れれば、また離れるとき困る。
ある夜、腹を立てて障子へ指で書いた。
「ここは家じゃない」
翌朝、文字は消えていた。
ところが新しい障子紙へ張り替えても、次の朝には同じ言葉が薄い影となって戻った。
その家では、障子へ書いた本音は、伝えたい相手へ口で言うまで毎朝戻った。
親戚夫婦は文字に気づいたが、誰も問い詰めなかった。
夫は障子を拭き、妻はいつも通り弁当を作った。
その沈黙が、中学生にはかえって苦しかった。
次の夜、
「帰りたい」
と書いた。
朝、二つの文が並んだ。
「迷惑をかけたくない」
「お母さんを忘れそうで怖い」
書くたび、障子は黒板のように本音を増やした。
消しても、張り替えても戻る。
やがて妻が、障子の隅へ自分の指で書いた。
「出ていかれるのが怖い」
朝、その文字も残っていた。
中学生は驚いた。
親戚夫婦にとって、自分は一時的な荷物だと思っていた。
妻は昔、子どもを亡くしている。
大切にすればまたいなくなるのが怖く、それでも大切にしないことはできなかったという。
夕食後、三人で障子の前へ座った。
中学生は一つずつ声にした。
「ここは、まだ家だと思えない」
最初の文字が消えた。
「母のところへ帰りたい」
二つ目が消えた。
「でも、ここから出るのも少し怖い」
新しく書いていない言葉まで、障子に現れ、すぐ消えた。
妻も言った。
「退院したら帰ってほしい。でも、帰ったあとも来てほしい」
自分の文字が消えた。
母が退院し、中学生は元の家へ戻った。
親戚の家を出る朝、障子は真っ白だった。
玄関で「また来る」と言うと、妻は泣き、夫は荷物を持つふりで顔を隠した。
数か月後、中学生は週末に泊まりに来た。
障子へ指で、
「ただいま」
と書いた。
朝になっても、その文字は戻らなかった。
口に出していなかったことに気づき、食卓で言い直した。
「ただいま」
今度は障子に何も現れない。
本音は、消えたのではない。
言うべき場所へ届いたのだ。