未来を見る指輪
一夜市場の宝石通りで、コルネリアは最も地味な指輪を選んだ。灰色の石が一つ、曇った空のようにはまっている。
「これを指にはめれば、一度だけ、知りたい未来を正しく見られる」
宝石商は指輪の輪を磨いた。
「代金は、今あなたを覚えている人を一人。その人の名を渡せば、未来を見た瞬間、その人はあなたを忘れる」
知りたいのは、巡礼へ出た恋人が生きて戻るかどうかだった。半年便りがない。待つべきか、死を受け入れるべきか、それだけを知りたかった。
代金にできる名はいくつもある。
昔の教師。隣人。仕立屋。だが指輪は、忘れられても痛まない相手の名では動かないという。大切な人でなければ釣り合わない。
コルネリアは小さな紙片に、ビビと書いた。
幼い頃からの友人。恋人が旅立った日も、便りが途絶えた夜も、黙って隣にいた。待つことを責めず、諦めることも勧めず、毎朝カーテンを開けに来た。
「その人を失ってまで、未来を知る価値がある?」
宝石商が珍しく尋ねた。
「分かりません」
コルネリアは正直に答えた。
未来を知らずに待ち続ければ、ビビはそばにいる。けれど友人の時間まで、自分の迷いに縛りつけている気がした。答えが出れば、前へ進める。恋人が生きていても、死んでいても。
けれど「前へ進む」という言葉の中に、ビビも一緒にいる未来を、当然のように含めていたことに今さら気づいた。
紙片を渡す前に、ビビとの記憶が押し寄せた。二人で盗んだ果実。初めて化粧をした朝。失恋して同じ寝台で眠った夜。昨晩、ビビが言った言葉。
――答えがない間くらい、私を頼っていいんだよ。
それは未来を見るために捨てるには、あまりに現在そのものだった。
夜明けが近づき、宝石通りの灯が端から消える。指輪の石も少しずつ暗くなる。
コルネリアは紙片を握り潰しかけ、また広げた。
知らないまま生きる勇気と、知ったあと一人で生きる勇気。どちらが大きいのか、測る秤はなかった。
彼女はビビの名を、指輪の内側へ差し込んだ。
灰色の石に、遠い朝の光が宿る。
同時に市場の入口で、迎えに来たビビがコルネリアを見つけた。いつものように手を上げかけ、その顔から親しさが消えた。