未送信フォルダ

別所巡査の端末には、黄色い雲の印が一つ残っていた。

神崎沙耶巡査部長は、廃棄前点検の画面を閉じなかった。別所は一か月前、駅のホームから転落して死亡している。事故として処理された。死亡の三日前、彼女は銃器捜索へ参加し、「現場で見たことを監察へ話す」と同僚に漏らしていた。

その夜のボディーカメラ映像は、サーバーから消えている。

「端末を初期化しろ」

古賀情報管理官が背後で言った。

「遺族へ返す私物データはない。規定どおりだ」

黄色い雲は、同期未完了を示す。クリックすると、送信待ちフォルダは空だった。ただし通信ソフトの一時領域に、二秒ごとの小さなプレビューが残っている。沙耶は最初の一枚を開いた。

暗い台所。床に伏せた住人。次の一枚では、別所の前に古賀が立っている。さらに次、古賀の手には黒い拳銃があり、戸棚の奥へ差し入れられていた。

「閉じろ」

古賀の声が近づいた。

「プレビューは正式映像じゃない。圧縮ノイズで何にでも見える」

沙耶は画面を戻した。自動送信は、別所が帰署した直後に中断されている。中断操作は管理者権限。別所はその翌日、監察へ行くと言い、三日後に死んだ。

「事故の話まで結びつけるな」

古賀は静かに言った。

「君も別所と同じ班だった。違法捜索が認定されれば、全員が処分対象だ。拳銃事件も無罪になる。彼女の遺族に、娘が不正を見逃していたと知らせたいのか」

沙耶は答えられなかった。別所がなぜすぐ映像を外へ出さなかったのかも、どこまで知っていたのかも分からない。ただ、この端末を初期化すれば、分からないままにする意思だけは自分のものになる。

古賀が初期化用の管理カードを差し出した。

沙耶は受け取り、端末へ挿した。古賀が息を緩めた瞬間、初期化ではなく、書き込み禁止媒体への全領域複製を選ぶ。画面に警告が出た。

――管理者の許可が必要です。

沙耶は自分の監督者権限を入力した。規定違反として記録に残る操作だった。

複製開始の数字が一パーセントへ変わる。

彼女はネットワークケーブルを抜き、端末の前に立った。古賀が電源へ触れるなら、自分を押しのけなければならない位置だった。