杭頭の赤い影
基礎の穴に朝日が届く前、コンクリートを砕く音だけが響いていた。
鳥羽杏里の依頼は、昼までに杭頭処理を終え、次の鉄筋工へ場所を渡すこと。図面どおりなら、余分なコンクリートを一定の高さまで削ればよい。
三本目の杭で、杏里は作業員の手を止めた。砕いた面に、赤茶色の筋が斜めに浮いている。
「それ、錆水だよ。よくある」
班長は大型のはつり機を向け直した。杏里は鉄筋探査の機械を杭の周囲へ当てた。反応は図面より外側へ寄り、一本だけ浅い。
場所打ち杭は、地中でわずかにずれることがある。鉄筋かごも完全な中心にはならない。図面の位置だけを信じて同じ深さまで砕けば、主筋を傷つける。
「ここから三十センチは小さい機械に替えます」
「昼までに終わらない」
「切ったら、補修だけで明日まで終わりません」
杏里は反応の強い線を赤い塗料で囲み、外側から薄くコンクリートを落とすよう順番を変えた。振動を一か所へ集中させず、周囲を少しずつ削る。主筋の表面が見えたところで、手工具へ替えた。
出てきた鉄筋には、機械の刃が触れる寸前の白い跡があった。あと一打だった。
班長は何も言わず、大型機を隣の杭へ移した。杏里は三本目だけに時間を使った代わりに、残りの杭を先に探査し、危険な位置へ印を付けて回った。四本目と七本目も、図面からずれていた。
正午五分前、最後の余分なコンクリートが外れた。鉄筋工が穴へ降り、露出した主筋を数える。
「一本も傷なし」
その言葉を聞いて、班長が杏里へ冷えた水を渡した。
若い作業員は、止められた一打を思い出すように刃先を見た。杏里は叱らず、赤い印の外側から削る理由を説明した。次の杭で自分が離れても、同じ手が止まるようにするためだった。
機械を止める合図も、二度目からは早くなった。
休憩のサイレンが鳴る。しかし反対側の基礎では、別班が次の杭を掘り出していた。杏里は水を一口だけ飲み、探査機の電池を交換した。見えない鉄筋は、見えるようになった瞬間には遅いことがある。