柚子湯は五つ

 一色茉白の叔母は、冬至になると柚子を送ってくる。

 今年は小さな箱に五つ入っていた。

 一人暮らしの浴槽へ全部浮かべるのは贅沢に思え、茉白は二つだけ使うつもりだった。

 帰宅すると、廊下で隣室の海老原が給湯器の説明書を読んでいた。

「お湯、出ないんですか」

「朝から。修理は明日」

 年配の海老原は、銭湯へ行こうか迷っているという。

 茉白は箱を見て、近所の共同浴場を思い出した。

「今日、柚子湯かもしれません」

「じゃあ、それを持って行けば喜ばれる」

 二人で浴場へ向かった。

 番台へ柚子を渡すと、「ちょうど少なかった」と五つ全部、女湯の大きな湯船へ浮かべてくれた。

「家なら五つは多いのに」

「ここだと少なく見えるね」

 海老原が笑った。

 湯へ入ると、柚子は人の波であちこちへ流れた。

 一つは子どもがそっと押し、二つは浴槽の隅で並ぶ。残りの一つは洗面器の下へ隠れ、皆で探した。

「五つあったよね」

「数えたから間違いない」

 茉白が言うと、海老原が「家では二つだけ使う予定だったくせに」とからかった。

 見つかった柚子を軽く揉むと、黄色い皮から明るい香りが立った。

 白い湯気と混ざり、鼻の奥まで温かくなる。

 知らない人たちも「いい匂い」と言い、湯船の中で自然に会話が始まった。

 商店街の餅つき、明日の天気、白菜の値段。

 茉白は普段、隣人とも会釈だけだったが、湯の中では言葉がゆっくりほどけた。

 帰り道、海老原は牛乳を二本買った。

 共同浴場の前のベンチで飲む。冷たい瓶を持っているのに、体の芯は熱かった。

「給湯器が直っても、また来ましょうか」

 茉白が言う。

「柚子がなくても?」

「なくても」

 冬至の夜は、いつもより少し長いはずだった。

 けれど二人で歩く商店街には、まだ店の灯りがあり、コートの袖から柚子と石鹸の匂いが上がった。

 五つの柚子は手元からなくなったが、香りは大きな湯船で何人分にも薄まりながら、帰り道までしっかり残っていた。

 髪が乾くころまで、指先には湯の温度が残っていた。