校章を挟んだ詩集

教員用の机を整理していた茉莉は、薄い詩集から銀色の校章を落とした。高校の制服についていたものだ。詩集は、国語の泉谷先生から借りたまま十二年になる。

高校二年の朗読発表で、茉莉は教壇に立った途端、声が出なくなった。教室の後ろで誰かが笑い、手にした紙が震えた。担任は「練習不足」と評し、放課後にやり直すよう命じた。

非常勤講師だった泉谷先生は、誰もいない準備室へ茉莉を呼び、詩集を貸した。

「声に出さなくていいから、一つ選んで」

茉莉が指さすと、先生はその詩を黙って読んだ。目だけが行を追い、時々息を吸った。

「朗読って、音にすることだけじゃない。どこで息をするか決めることでもある」

やり直しの日、茉莉は最後まで滑らかには読めなかった。それでも、止まるたびに息をし、顔を上げた。笑い声は起きなかった。

卒業式の日、茉莉は詩集を返そうとした。だが泉谷先生はすでに契約を終え、学校を去っていた。職員室の棚には連絡先もなく、茉莉は外した校章を栞代わりに挟んだ。

大学を出て教員になってからも、人前で話す前には喉が固くなった。教室で黙り込む生徒を見ると励ましたい言葉を急ぎすぎ、かえって追いつめてしまうこともあった。そんな日は詩集を開き、校章のある頁で呼吸した。返せない本をお守りにしていることが、少し後ろめたかった。

十二年目の春、退職教員の作品展で泉谷先生の名を見つけた。会場へ詩集を持っていくと、先生は白髪を短くして、昔と同じように頁を目で読んだ。

「ずいぶん長く貸したね」

「これがないと話せない気がして」

「今も?」

茉莉は首を振った。明日の入学式で、新入生へ話す言葉はもう自分で書いてある。

校章だけを抜こうとすると、泉谷先生はそれを詩集ごと押し戻した。

「今度はあなたの生徒に貸して。返ってこなくてもいい本として」

翌日、壇上へ上がった茉莉は、一度言葉を止めた。失敗ではなく、息をするために。体育館いっぱいの視線を受け止めてから、次の一文を自分の声で読んだ。