欠けた最終章
牧瀬凛々が古書喫茶「結末」で手にした恋愛小説は、最後の十六頁がなくなっていた。
幼なじみと旅先で出会った青年の間で揺れる主人公が、どちらかを選ぶ直前で本文は途切れる。落丁を知らせる札の裏に、前の持ち主が鉛筆で続きを書いていた。
主人公は二人を駅へ呼び出さない。朝一番の列車へ一人で乗り、車窓から手紙を破る。終点で何をするかは書かれていない。最後の一行は、「選ばれなかったのではなく、選択肢から降りた」だった。
凛々のスマートフォンには、別れた恋人から三か月ぶりの連絡が来ている。
「やっぱり君が落ち着く。もう一度話せない?」
別れを決めたのは相手だった。仕事に集中したい、凛々を待たせたくないと言われ、凛々は納得したふりをした。戻りたいと言われる日を、心のどこかで待っていた。
一方、今夜は映像編集の週末講座の申込締切でもある。交際中に興味を話したとき、「趣味にそんな金額を払うの」と笑われ、ページを閉じた。それ以来、相手がいなくなっても申し込めずにいた。
閉店まで九分。店主は欠けた本を検品し、最後の綴じ糸がほつれないよう透明な紙を当てた。通常なら破損箇所を内側にして包むところを、店主は落丁した断面を上へ向ける。包装紙もそこだけ閉じず、紙の端を差し込む形にした。最後がないことを隠さない包みだった。
レシートには、「欠落頁あり」と印字された。その下の価格は、百円ではなく定価の半分。ない頁だけで、本全体を無価値にはしない値段だった。
凛々は元恋人のメッセージを長押しした。削除はせず、通知を閉じる。返事をしないままでは未完に見える気がしたが、返事をすることだけが結末ではない。
映像講座へ申し込み、受講料を決済する。初回課題は「三分間の無言映像」と表示された。凛々は、返事を待つため空けていた来週末を、撮影日に変えた。
店を出てから、凛々は欠けた頁の先へ指を入れた。そこには紙がなく、包装紙のざらつきが触れた。
書かれていないから、元の物語へ戻る必要もない。凛々は講座初日の乗換案内を保存し、朝一番ではない、自分が起きられる時間の電車を選んだ。