次室への生贄

小笠原坂瑞樹は、自分の胸のボタンを押した。

紫雲寺健吾が彼女を止めようとするより早く、床から黒い拘束帯が伸びる。

規則は一つ。

〈一人を次室へ送る生贄として選べ。次室で生存を確認された者を、このラウンドの勝者とする〉

壁には〈次室・犠牲処理区画〉。扉の隙間から赤い光が漏れ、奥で機械音が鳴っている。健吾は、選ばれた者が処刑され、生き残った側を勝者と呼ぶための言葉遊びだと疑った。

だが瑞樹は、足元の空気を見た。現在の部屋では蝋燭の炎が弱く、息が重い。酸素警報は残り四分を示し、選択を遅らせる方が危険だった。待つことこそ、二人を同時に殺す選択になる。次室の扉の隙間では、細い紙片がこちらへ揺れている。向こうから新鮮な空気が流れ込んでいる証拠だ。

拘束帯が瑞樹を扉の向こうへ運ぶ。

「戻れ!」健吾が叫ぶ。

黒い扉が閉まり、赤い光が白へ変わった。次室には処刑装置ではなく、酸素濃度計と救命ベッドがある。犠牲者を確実に生かしたまま、次のゲームへ送るための準備室だった。

〈生体反応、正常〉

〈勝者、小笠原坂瑞樹〉

主催者の声が響く。

『仲間を残して自分を選びましたね』

「このラウンドの勝利条件は、次室で生きていること」

『残された者の安全は保証されません』

瑞樹は勝者用端末を操作し、前室の換気を再開させた。勝者には次の扉を開く権限が付与されている。健吾の部屋にも空気が戻り、首輪が敗者搬送モードへ切り替わる。少なくとも、このラウンドで死ぬことはない。

健吾の声が通信口から届く。

「どうして次室が安全だと信じられた」

「安全だとは信じてない。規則が、生存を確認できなければ勝者を出せないと読んだだけ」

主催者は「生贄」という言葉で、二人に次室を死の場所だと思わせた。だが勝者を成立させるには、送られた者を生かす必要がある。

瑞樹は白い扉の前へ立った。

「怖い名前をつけても、条件まで怖くなるわけじゃない」

赤い〈犠牲処理〉の文字が消え、緑の〈勝者確認〉へ変わった。