歩かない砂路
遠野アデルは砂漠を渡る大商隊で、荷駄獣より安く使われた。
砂色の制服は肩が裂け、顔を覆う布は何度洗っても汗の塩が浮いた。昼は荷を積み、夜は見張り、盗賊が出れば盾を持つ。商隊を抜けた後も緊急連絡が届いた。「水袋不足」「道標紛失」「次の隊だけ同行せよ」。次の隊が終われば、その次が待っていることをアデルは知っていた。
オアシス跡の小屋で得た無限収納は、複数の出入口を同じ空間へ結べた。アデルは砂漠の宿場ごとに石造りの収納口を置き、水、食料、交換部品を保管した。旅人は通行札をかざし、使った分だけ代金を払う。代金は補充した村とアデルへ自動で分配される。
荷駄獣は軽くなり、隊商は小さくなった。誰か一人が砂嵐の中で全財産を背負う必要もない。夜営地では水袋の数を巡る喧嘩も減り、案内人が眠っている間にも補給口が正しい量を渡した。
アデルは毎朝、入口の砂を払う。それだけが自分で決めた仕事だった。風の強い日は、それさえ午後へ延ばした。補給口の影には昼寝をする案内人がいた。旅人はそれを怠慢ではなく、安全な道の証拠として通り過ぎた。
夕暮れ、帳簿石に金色の線が走る。
《砂路保管口利用料:入金》
《次月の生活費を確保。案内依頼を受ける必要はありません》
アデルは小屋の壁に残っていた古い隊列表を剥がした。そこには、休む日ではなく歩く距離だけが書かれていた。
ちょうどそのとき、元隊長が馬で現れた。
「王都行きの隊が明朝出る。お前の道読みが必要だ。報酬は好きなだけ言え」
「行かない」
「金貨十枚でもか?」
「金貨より、明朝ここにいるほうが欲しい」
隊長は、砂漠を知る者の責任を語った。アデルは収納口の利用札を一枚差し出す。
「必要な水も部品も入っています。道を一本の背中に覚えさせる時代は終わりです」
「臆病者になったな」
「生き残ることを、今はそう呼ばせておきます」
馬影が夕日に溶けるまで見送ると、アデルは業務通知を切った。無限収納から画板と炭筆を取り出し、歩かずに変わる砂丘の線を、日が沈むまで描き始めた。