母の手術は十二回
婚活アプリで知り合った高瀬冬真は、優しい恋人を演じていた。
「母が緊急手術になった。三十万円だけ貸してほしい」
同じ文面を十二人へ送り、合計三百六十万円を集めていた。中には消費者金融から借りた女性も、結婚資金を渡した女性もいる。高瀬はそれぞれに違う指輪の写真を送り、「君だけが最後の家族だ」と囁いていた。送金した女性の一人、朱音が病院名を尋ねると、高瀬は通話で泣き出した。
「疑うなんてひどい。君との結婚を本気で考えていたのに」
朱音は責める代わりに、手術前に母親へ花を届けたいと申し出た。高瀬は感染対策を理由に病院名を隠し、さらに十万円を要求した。朱音は通話を切った後も高瀬を信じたかった。だが送られてきた請求書には、病院の電話番号が一桁足りない。そこで幼なじみでアプリ運営会社に勤める采花は、規約に従い本人確認の再提出を求めた。高瀬は運営窓口へ乗り込み、彼女を脅す。
「恋人同士の貸し借りだ。詐欺じゃない。アカウントを止めたら、お前が利用者の個人情報を漏らしたと訴える」
そして潔白の証明だと言って、十二人への借用書をまとめて提出した。すべて《母の手術費》と記され、返済日は同じ。署名も拇印も高瀬本人のものだった。
采花は受領印を押し、何も言わない。
翌日、警察のサイバー犯罪担当者が運営会社へ来た。高瀬は、女性たちが勝手に贈与した金で、自分は借りていないと主張する。
担当者は十二通の借用書を並べた。
高瀬は「形式だけだ」と言った。
次に、アプリ内通話の保存記録が再生された。金銭トラブル防止のため、送金リンクを開いた前後だけ録音することは利用規約に明記され、高瀬も毎回同意ボタンを押していた。
十二の通話すべてで、母の手術日が同じだった。病院名だけは毎回違う。しかも高瀬の母は、警察が照会した戸籍によれば十五年前に亡くなっている。
彼が席を立つと、担当者が令状を開いた。
「高瀬冬真。複数女性に対する詐欺容疑で逮捕します」