水たまりの真ん中で

怜央は、こはくに靴を貸していた。

体育祭の朝、こはくのスニーカーの底が剥がれた。怜央は予備の運動靴を持っていて、サイズもたまたま同じだった。陸上部でもないのに予備を持っていたのは、忘れ物の多い弟へ渡す癖がついていたからだ。こはくは礼を言いながら、左右を一度ずつ強く踏みしめた。

「汚したらごめん」

「体育祭で汚れない靴の方が困る」

午後、二人は混合リレーの同じ組になった。怜央が第三走者、こはくがアンカー。

雨は上がっていたが、第一コーナーに大きな水たまりが残っている。係が砂を入れても、表面だけがぬるく光っていた。

怜央は二位でバトンを受けた。前を追い、コーナーへ入る。水たまりを避けようと外へ膨らんだ瞬間、後ろの選手と肩が触れた。

転んだ。

掌と肘が泥へ沈み、バトンが水たまりの中央へ飛んだ。

後続が次々に通り過ぎる。怜央は立とうとしたが、足首に痛みが走った。

その時、アンカーゾーンからこはくが走ってきた。

「何してる、戻れ!」

「バトン、取る」

「失格になるぞ」

「もう最下位だよ」

こはくは借りた靴のまま水たまりへ入り、泥に沈んだバトンを拾った。白かった靴が一瞬で茶色になる。

彼女は怜央の前へしゃがみ、肩を貸した。二人でアンカーゾーンまで歩く。観客席は静かで、放送だけが次の競技を案内していた。やがてどこかから拍手が一つ起き、それが少しずつ広がった。怜央は恥ずかしくて俯き、こはくは借りた靴でわざと大きく泥を踏んだ。

「走れる?」

怜央が聞く。

「靴が重い」

「ごめん」

「汚れない方が困るんでしょ」

こはくは笑い、バトンを受け取った。

他の組はとっくにゴールしていた。それでも彼女は一人で一周走った。泥を跳ね上げ、最下位のテープもないゴールを越えた。

怜央は片足で跳ねながら迎えに行った。二人は水たまりの真ん中まで戻り、そこでハイタッチした。

借りた靴は、洗っても薄茶色が残った。

返された箱を開けると、ふたの裏にこはくの字があった。

――最下位まで連れていってくれて、ありがとう。

怜央はその靴を、卒業まで予備として持ち続けた。