氷の溶け方
「私を裁くなら、本当の時刻で裁いてください」
沢渡珠美看護師は、鴻上美冬警部補に二枚の写真を示した。留置中の寺井勲が死亡した夜、珠美が巡回した証拠とされる画像だ。一枚目は午後九時二分、二枚目は九時五十七分。どちらも寺井の前に透明なカップがあり、四つの氷が浮いている。
「同じ写真に見えます」と美冬は言った。
「別の写真だと警察は言っています」
珠美は持病薬の投与を怠り、寺井を死亡させた業務上過失の疑いをかけられている。香坂留置管理官は、二回の巡回で異常を報告しなかったと主張した。
「あなたは巡回していない?」
「九時にはしていません。呼ばれたのは十一時四十分。寺井さんはもう冷たかった」
「では、写真に写るあなたは」
「その時に撮られた。時計を戻され、二回ポーズを取らされた」
美冬は写真を拡大した。氷の欠け方、気泡の位置、カップ内側の水滴まで一致している。ただし二枚目では珠美の手だけが少し移動していた。連続して撮った画像を、一時間違いとして登録したのだ。
監視室から香坂の声が入る。
『画像の時刻は機器が記録する。被疑者の作り話だ』
珠美は笑わずに言った。
「氷は、一時間たっても同じ形ですか」
その夜、空調は故障し、留置室は三十度を超えていた。巡回簿にも苦情が残っている。五十五分後に四つの氷が同じ角度、同じ気泡のまま浮くことはない。さらに原画像の連番は二枚とも、十一時四十六分と四十七分に撮影されたことを示していた。表示時刻だけが手入力で変えられている。
「寺井さんの頬に痣があった」と珠美は言った。「私が着いたとき、香坂さんは転倒だと言った。でも、写真では痣が消されている」
美冬が原画像の明度を戻すと、左頬に紫色の腫れが浮かんだ。加工履歴の担当端末は留置管理室。薬の過失にすれば、暴行の疑いは検討されない。
「あなたが薬を確認しなかった事実は?」
「あります。だから逃げません。でも、死んだ時刻まで私に背負わせないで」
美冬は二枚を印刷し、氷の気泡に同じ番号を振った。原画像、室温記録、加工履歴を死亡報告の訂正資料へまとめる。
香坂が『提出するな』と命じる中、美冬は溶けない四つの氷を、報告書の最初のページに置いた。