流れない灯籠
今年も川辺で灯籠を受け取った。
薄い和紙の四面に、会いたい人の名前を書く。私は二十八歳の字で、兄の名前を一つだけ記した。
初めてこの祭りへ来たのは十六歳の夏だった。兄が亡くなって四か月。家の中では母が泣かないようにし、学校では友達が困らないように笑っていた。
同級生の翼だけが、何も励まさなかった。祭りに誘い、白い灯籠を一つ渡した。
「名前、書かなくてもいいらしいよ」
私は何も書けなかった。兄の名を書けば、本当に死者として川へ流すことになる気がした。白いままの灯籠を水へ置いた。
ところが流れに乗らず、岸辺の草に引っかかった。
後ろから次々灯籠が流れていく。赤、黄、薄青。私の白だけが動かない。
「ほら、兄ちゃん帰りたくないんだよ」
冗談にしたつもりだった。声が壊れ、しゃがみ込んだ。
「置いていったくせに。今さら動かないとか、ずるい」
翼は川へ入らなかった。棒で押すこともしなかった。ただ隣に座り、草に絡まる灯籠を一緒に見た。
「流すために来たんじゃなくてもいいんじゃない」
「みんな流してる」
「今日、流れなかったって覚える祭りでもいい」
最後の灯籠が遠ざかっても、白い灯りは岸に残った。係の人が回収するまで、私たちはそこにいた。
兄を手放せなかった自分を、翼は急かさなかった。あの夜から私は、悲しみには順番も締切もないと知った。
今、川辺には知らない人たちの灯りが並んでいる。翼とは卒業後、別々の町へ進んだ。連絡は途切れたが、隣で黙っていた時間は、私の中に残っている。
私は兄の名の隣に、自分の名前を書いた。死者と生者を同じ面に書くのは変かもしれない。でも、兄を忘れずに生きる人間として、私もこの灯りの一部だ。
水へ置く。灯籠はまた一度、草に触れた。
私は手を伸ばさない。急かさない。
やがて風が水面を押し、白い灯りは自分の向きを変えた。ゆっくり岸を離れていく。
見送ったあと、私は立ち上がった。
兄を過去へ流したのではない。名前を並べたまま、私の方が明日へ帰る。