海賊船の折れた羅針盤
航海士ロクの読み違いで、海賊船《赤鯨号》は珊瑚礁へ乗り上げた。
追手を撒く近道のはずだった。だが潮位を一刻間違え、船腹に大穴が開いた。奪ったばかりの金貨は海へ投げ捨て、船員たちは無人島へ避難。誰も死ななかった代わりに、船は夕方まで動けない。船員たちは樽で海水を汲み出し、金貨の代わりに濡れた乾パンを分け合った。笑う者はいなかった。
ロクは折れた羅針盤を握り、島の反対側へ歩いた。掟では、船を失わせた航海士は最寄りの陸へ置いていかれる。幼い頃に乗った商船でも、嵐の進路を外した父と一緒に港へ捨てられた。
今回も同じだ。船長モーラたちが修理を終える前に姿を消せば、追放の言葉を聞かずに済む。航海日誌には座礁地点と正しい潮位を書き、自分の名だけを乗組員欄から削った。
浜辺の洞窟へ荷物を隠したところで、遠くから船鐘が三度鳴った。出航の合図だと思い、ロクは目を閉じる。だが次の瞬間、砂に長剣が突き立った。モーラの船長剣だった。柄には船の鍵が結ばれている。
「見張り台へ行く。船を預けるから逃げるな」
「座礁させた俺に?」
「だから修理を見届けろ」
船大工ティナは、流木でロクの寝台を組み直していた。壊れた船腹より先に、濡れた毛布を干している。
「今夜は甲板で寝る。でも、あんたの場所は先に作る」
見張り役サーシャは、島の高台から救命艇を引き返させた。帆に大きく『四人目待ち』と書き、乗降梯子を砂浜へ下ろす。
「潮が満ちるまで出ない。航海士なしで礁を抜けるほど、私たちは馬鹿じゃない」
「俺は羅針盤を壊した」
モーラは剣を残し、ティナは寝台へ四本目の縄を結び、サーシャは梯子の最下段に腰掛けた。責任を免す言葉はない。船員への謝罪も、失った金貨の穴埋めも必要だ。代わりに、次の潮を読む仕事がまだロクへ渡されている。
「また陸に置かれると思った」
折れた羅針盤の針が、波に揺れて船の方角を向く。
夕暮れの《赤鯨号》は、三人が残した印を辿り、ロクのいる浜へ迎えに戻ってきた。