消えた戦没者の妻たち
月初めの年金窓口で、三百人の戦争未亡人が支払いを断られた。
「名簿に夫の姓がありません」
役人は新しい受給者台帳を指した。再婚前の姓、辺境方言の綴り、戦地で略された名が一致しない者は、すべて無資格として消されていた。
列の先頭にいた老女は、戦死通知と結婚証明を何度も差し出す。
「四十年、この名で受け取ってきました」
一方、同じ台帳には実在しない伯爵家の侍女が二十人追加されていた。確認する者がいなくなったからだ。
財務省の経理官ハルドは、軍の戦死記録、教会の婚姻簿、村の住民票を照合し、一人ずつ受給者番号を守っていた。大臣は「老婆の名前に時間を使う無能」と罵り、前日、彼を国外追放した。
窓口の金は偽名口座へ流れ、本物の未亡人には一枚も残らない。老女が空の薬袋を握りしめる姿を見た記者が号外を出し、財務省前には夕方までに千人が集まった。
薬局では、年金を受け取れなかった老女が夫の従軍章を質に入れた。銀貨二枚にもならないと告げられても、咳止めを買うにはそれしかなかった。
号外には、消された三百人の名と、追加された架空受給者の名が並んだ。大臣は入力ミスだと釈明したが、四十年分の記録を一夜で消したのは、確認工程そのものを無駄として廃止した命令だった。
国境の自治市では、ハルドが避難民手当の名簿を作り終えていた。綴りが違っても、家族記録と指紋印で本人を確認し、全員へその日のうちに支給する。
市長は、受給者たちの前で彼を財務保護官に任命した。
支給を受けた避難民は、窓口を出る前に自分の名を台帳で確かめた。読み書きのできない老女には職員が一字ずつ読み上げる。ハルドは金額だけでなく、次の月もその人が存在すると認められる記録を渡した。
「弱い人ほど、帳簿から先に消される。あなたには最後まで名前を残してほしい」
夜、財務大臣の使者が密かに訪れた。
「騒ぎを収めれば、次官の地位を与える。名簿を直しに戻れ」
ハルドは自治市の受給者台帳を両手で閉じた。
「名簿から私を消したのはそちらです。追放命令の日に、王国との契約も終了しました」