消えない足音

主人公が立ち止まっても、足音だけが走り続けた。

 深夜の森を歩く場面で、メニューを開くと画面は止まる。ところが土を踏む音は止まらず、閉じた後も左右の耳を駆け回る。恐怖ゲームの納品は朝。音響実装の雁金絃に修正依頼が来た。

 足音は歩行中だけ鳴る短い音のはずだった。絃がミキサーを確認すると、森の地面だけ、湿った足音を自然につなぐためループ素材が使われていた。メニューを開く処理は効果音全体の音量を下げるが、ループそのものは終了させない。閉じるたび、古い足音の上に新しい足音が重なっていた。

「メニュー中はミュートでいいでしょう」

 担当者が言う。絃は十回開閉した後、音量を戻した。隠れていた十本の足音が一斉に鳴り、獣の群れのようになった。聞こえなくするだけでは、積み重なりは消えない。

 彼はメニューを開いた瞬間に足音へ短いフェードをかけ、止めるよう変更した。閉じたときは、主人公が実際に歩き始めるまで再生しない。静止中の再開音を防ぐためだ。

 修正版では足音が消えた。だが絃は、沼の中でメニューを開いた。水音だけが途中で切れ、不自然な無音になる。足を水から抜く余韻まで止めていた。

 そこで停止対象を、繰り返し鳴る部分だけに分けた。最後の一歩の飛沫は短く残し、その後のループだけ消す。土、石、木の床でも同じ手順を試し、素材ごとに余韻の長さを変えた。

 絃は歩きから走りへ切り替わる瞬間にもメニューを開いた。速い足音の途中で止めても、再開時に遅い足音が混ざらない。しゃがみ歩きでは音量も元の小ささへ戻った。

 午前四時、主人公は森で立ち止まった。最後の葉が一枚鳴り、静寂が戻った。メニューを十回開いても、閉じた画面には一人分の足音しか戻らない。

 監督はヘッドホンを外し、「静かになった」と言った。

 絃は静けさも音の一つとして記録した。

 納品データを書き出す途中、地下室の班から連絡が来た。扉を閉めた後も、鎖を引く音が三分続くらしい。

 森の足音は止まった。絃の夜勤には、まだ誰かの足音が近づいていた。