混ぜてはいけない月魚

錬金勇者ガレオは、料理人ドロスを「素材を切るしか能のない凡人」と追放した。

その晩、勇者一行は月魚を鍋へ入れた。続いて鉄芽草、塩、葡萄酒。新しい料理番が蓋を閉めた瞬間、鍋が天井まで跳ねた。

青白い爆発が宿を揺らし、窓がすべて割れた。幸い死者は出なかったが、隣に置いていた解毒薬と転移石が熱で溶けた。翌日の毒竜討伐は、出発前に中止となった。

ガレオは焦げた床を見て、ようやく思い出した。

ドロスは月魚を調理する夜だけ、鉄製の包丁を使わなかった。鉄芽草も別鍋で煮て、最後に汁だけを加えていた。月魚の魔力油は、生の鉄芽草と触れると急激に膨張する。錬金術師なら知っていて当然の反応だったが、ガレオは食材を素材一覧としてしか見ていなかった。

ドロスは毎回危険を避けていた。説明しても「台所の迷信」と笑われたため、黙って鍋を分けていたのだ。

宿の主人が差し出した修理代は、討伐報酬の半分を超えた。ガレオは錬金術で床を直そうとしたが、残留した月魚油がまた小さく弾けた。研究室なら防護壁の内側で扱う反応を、ドロスは毎晩、人が眠る宿の台所で安全な夕食へ変えていた。

同じ夜、ドロスは錬金術師組合の試作厨房で、月魚を陶器の刃でさばいていた。鉄芽草の汁を一滴ずつ加えると、爆発せず、毒竜の毒を中和する青いゼリーが固まった。

組合長は保護眼鏡を外し、深々と頭を下げた。

「錬金素材を食べられる形へ安定させられる者は少ない。あなたを〈調理反応管理士〉として迎えたい」

ドロスには耐爆厨房と、危険な献立を拒否する権限まで与えられた。

翌朝、煤だらけのガレオが組合へ来た。

「昨日のことは水に流す。月魚料理と解毒ゼリーを作れ。討伐に成功すれば、お前の名も記録の端へ載せてやる」

ドロスは陶器の包丁を布で拭いた。

「記録の端ではなく、ここでは処方の作成者として署名できます」

「勇者の命令だぞ」

組合長が契約書を机へ置く。ドロスは自分の署名を示した。

「勇者一行との料理契約は、私の鍋を路地へ投げ捨てた時点で終了しています」