潮騒の暗号

小此木苑技官には、明石洋司の通報に入った潮騒が機械音に聞こえた。

洋司は港湾作業員で、密輸船の入港予定を県警へ売っていた。三日前の夜、海上から一一〇番し、その後船ごと行方が分からない。

――白い巡視艇が、押収品を黒い船へ渡してる。

受理員が船名を尋ねると、洋司は答えなかった。

――三、長く一、短く二。潮じゃない。警察の船が自分で名乗ってる音だ。

通報の背後で低い唸りが三回、長く一回、短く二回続いた。海上警察隊は霧笛の反響として処理し、「情報屋による密輸組織同士の争い」と報告した。

苑は音響室で周波数を分けた。人に聞こえる唸りの下に、巡視艇が整備時に出す超音波識別信号が埋まっている。三・一・二は艇番号ではなく、県警艇《さざなみ》の整備鍵だった。一般人は知らない。

海上警察隊長が室内へ入ってきた。

「鑑定を止めろ。識別信号は秘匿情報だ」

「通報時、《さざなみ》は出港していない記録です」

「係留中でも信号は出る」

「発信源の移動速度が時速十八ノットです」

苑は波形の傾きを示した。さらに押収品台帳では、同じ夜、密輸事件で押収した覚醒剤二十キロが「海水汚損による再計量」として保管庫から出されている。返却重量は十七キロ。承認者は海上警察隊長だった。その夜の航跡記録だけが、保守名目で上書きされていた。

隊長は椅子の背へ手を置いた。

「捜査上の移送だ。洋司は残り三キロを盗んだ側かもしれん。あいつの通報を証拠にすれば、識別方式が法廷で公開され、密輸対策が無力になる」

「だから原音を消すんですか」

「県警の船を守るんだ」

苑はもう一度、潮騒の下の信号を見た。船を守るために船名を隠し、その船で押収品を運べば、守られているのは警察ではなく取引だった。

彼女は原音を追記不能ディスクへ焼き、識別方式を伏せた鑑定書と、裁判所だけが開ける完全版を作成した。二つの封筒に同じ封印番号を振る。

海上警察隊長の前を通り、苑はディスクを証拠保管庫の投入口へ落とした。