灯り代の数円
怜子は、部屋の照明をつけずに夕飯を食べていた。
窓の外のマンションから漏れる光と、スマホの画面があれば、箸の場所くらいは分かる。給料日まで四日。今月の電気料金は先月より千三百円高く、アプリのグラフが赤く伸びていた。
節約方法を検索すると、「こまめに消灯」「待機電力を減らす」「暖房は一度下げる」と出てくる。怜子は帰宅してから暖房をつけず、コートの上に毛布をかぶっていた。照明も消した。電気ケトルを使わず、冷たい麦茶を飲んだ。
夕飯はスーパーの焼き鳥二本。値引きシールが貼られていた。暗いので、たれがどこへ垂れたか見えない。
スマホには妹から猫の動画が届いている。再生すると、白い猫が箱に飛び込み、失敗して転がった。怜子は笑い、その拍子に箸を落とした。
拾おうとして立ち上がり、ローテーブルの角に膝をぶつけた。
痛みで涙が出た。暗闇の中で膝を押さえていると、何を守るために照明まで消しているのか分からなくなった。電気代を払うために働き、働いて帰った部屋で、電気代が怖くて暗くしている。
怜子は壁のスイッチを押した。
天井灯がつく。散らかった服、焼き鳥のたれ、床に落ちた箸が一度に見えた。生活が急に露出したようで眩しい。けれど、膝に赤い跡があることも確認できた。
新しい箸を出し、ティッシュでたれを拭く。電気料金のサイトによれば、LED照明を一時間つけても数円程度らしい。暖房ほどではない。
数円を惜しんで、自分を暗がりに置く必要はなかった。
怜子は妹へ「二回見た」と返信し、猫の動画をもう一度再生した。今度は明るい部屋で、箱の横に転がるところまでちゃんと見えた。
給料日前の夜に、部屋の全部を明るくするほどの余裕はなくても、この一灯くらいは自分のために払っていい。
天井灯の下で見ると、焼き鳥は一本がねぎまでついていた。暗闇では肉だけだと思っていた。怜子は少し冷めたねぎを食べ、麦茶を注ぎ直した。
暖房はまだつけなかった。毛布で足りているからだ。照明をつけたことで、全部の節約を投げ出したわけではない。必要な暗さと、我慢のための暗さを分けただけだった。
膝の痛みが引くまで、怜子は猫の動画を三回目まで見た。数円分の光は、今夜の部屋をちゃんと自宅に戻してくれた。