無償試作の四桁
電子機器用セラミック部品の精算会議で、葛西原槙は町工場の開発担当として、千個分の代金をゼロ円にする覚書を突きつけられていた。発注元の真田谷調達部長は、納品品はすべて「評価試作」で、量産採用されなかったため支払わないと言う。
槙の会社は一個一万二千円、合計一千二百万円を請求していた。
覚書には「試作上限99個、超過分も無償」とある。自社社長の丸印も押されている。
槙は受注番号を並べた。最初の九十九個はP001からP099。百個目からはM0100となり、Mは発注元のシステムで量産品を示す記号だった。千個目はM1000。量産検査票、梱包仕様、出荷承認までそろっている。
真田谷は、システム上の便宜でMを使っただけだと説明した。
槙は発注元の販売記録を出した。M0100以降の部品は既に完成品八百台へ組み込まれ、顧客へ出荷されている。完成品一台の販売価格は百万円。試作なら販売できない。
さらに無償覚書の丸印は、前年の秘密保持契約から複写されていた。印影の横にある紙の折れ筋まで同じで、裏面に朱肉はない。覚書ファイルの作成時刻は千個目の納品後だった。
真田谷は、今払えば次の採用はないと告げた。
「千個程度は将来への投資だ」
工場長は唇を噛み、槙へ押印を促した。槙はM1000の検査票を机へ置いた。
「四桁まで量産番号を振って売った後で、二桁の試作へ戻さないでください」
槙は一千個の製造で工場が購入した原料と焼成炉の電力記録も示した。無償試作なら九十九個で止めるよう何度も警告したが、真田谷は量産納期を指定し続けた。発注メールには「顧客出荷分、遅延不可」とあり、評価用という言葉は一度もなかった。
発注元の営業担当も、顧客へ千個納品すると約束した受注書へ署名していた。試作扱いという説明は、販売先との契約にも存在しなかった。
発注元役員が無償処理の決裁書を閉じた。百個目に付いたMが、一千個をゼロ円へ戻す覚書を止めた。