焼き厚切りベーコンの朝

藤代渉は、始発の時間を気にしながら、最後の席へ座った。

 十年間勤めた新聞販売店が、今月で朝刊配達を外部委託する。渉は別の区域を紹介されたが、断った。午前三時に起きる生活を続ける自信がなくなっていたからだ。

 次の仕事は決まっていない。昼に働く職歴はほとんどなく、面接では「なぜ今まで」と聞かれる。渉はそのたび、うまく答えられなかった。夜が明ける前の町を走る仕事を、誇っていいのか、隠すべきなのかさえ分からなくなっていた。

 この店は配達を終えた朝にだけ暖簾を出す、変わった居酒屋だった。明日から来る理由がなくなる。客は渉一人。厚切りベーコンを焼いてもらった。

 鉄板へ置かれた脂身がじゅうっと鳴り、黒胡椒と燻製の匂いが狭い店に広がる。焼き目のついた断面から白い湯気が上がり、脂が透明な粒になって皿へ落ちた。

「朝から重いですね」

「お前は今まで、朝に働いてたろ」

 店主は裏返した鉄板を磨いた。

 渉は一切れを噛んだ。塩気が強く、眠気が一瞬でほどけた。

 鞄には、明日の午後にある物流会社の面接案内が入っている。辞退のメールを作っていた。朝刊配達しかしてこなかった自分が、倉庫の進行管理に応募するのは場違いに思えたからだ。

 渉は辞退文を消し、職務経歴書の最初に「毎日、時間内に千二百部を配達」と書き直す。雨の日の代替経路、欠員時の順番変更、苦情への対応も追記する。明日は、朝の仕事を隠さず面接へ行く。

 採用される保証はない。昼型の生活へ変われるかも分からない。けれど、十年を空白にはしない。

渉は、雪の日に配達が一時間遅れたことを今も失敗だと思っていた。だが千二百軒の順路を組み直し、欠配を三件まで減らしたのも自分だった。面接では、早起きに強いという曖昧な長所ではなく、その数字を話す。昼の倉庫で同じように動けるかは分からない。それでも、暗い道で身につけた判断まで、夜明けと一緒に消えるわけではない。

 店の外が白み始めた。最後のベーコンは少し冷めても脂を抱え、胡椒の熱だけが、目の奥へ長く残った。