焼き芋のあとの豚汁
配達員の江波戸瑛太が夜十時に帰ると、大家の土岐が玄関先で焼き芋を配っていた。
「町内会の焚き火で余った」
「今から食べたら太ります」
「走る仕事だろ」
「車です」
それでも一本受け取ると、紙越しに掌が温まった。
瑛太は繁忙期になると、朝から夜まで荷物を届け続ける。人の家へ品物を運ぶ仕事なのに、自分の部屋へ帰る頃には、待っているものが何もない。今夜もコンビニ弁当を買い忘れていた。
土岐は焼き芋の箱を覗き込み、「甘いだけじゃ夕飯にならん」と呟いた。
二人で大家の台所へ入り、焼き芋の半分を輪切りにした。豚肉、大根、人参、牛蒡を炒め、出汁を注ぐ。最後にさつまいもを加え、味噌を溶く。
「焼いた芋を汁に?」
「一度焼いた方が、崩れても香りが残る」
鍋からは味噌と根菜の匂いに、焚き火のような甘い香りが混じった。
瑛太は両手で椀を持った。豚の脂が表面に小さく光り、さつまいもの角は少し溶けている。口に入れると、味噌の塩気のあとに焼き芋の甘さが来た。
「配達先で、毎日『ご苦労さま』って言われます」
「いいことじゃないか」
「でも、自分の名前で呼ばれることは少ないです」
土岐は葱を追加しながら言った。
「瑛太、七味いるか」
あまりに自然で、瑛太は返事が少し遅れた。
「……多めで」
二人で二杯ずつ食べた。七味の赤い粒が味噌の表面へ散り、最後の一口では、崩れたさつまいもが汁をとろりと甘くしていた。土岐は若い頃、郵便配達をしていたという。雨の日に濡れた手紙の匂い、正月の重い鞄、名前を覚えてくれた家の話をした。
「届ける方も、町の中に置いていかれるんだよ。少しずつ」
「荷物みたいに?」
「匂いとか、足音とかでな」
帰りに土岐は、豚汁を保温容器へ入れて持たせた。
「明日の朝」
「朝から重くないですか」
「働く前なら背徳じゃない」
階段を上る瑛太の手には、容器の熱が残った。部屋へ入っても、味噌と焼き芋の香りがついてきた。
明日また町を走れば、誰かの玄関に、自分の足音も少し残るのだと思えた。