焼却炉へ送ったはずの自白書
閉店後の銀行で、澤渡次長は片瀬由良の机へ、現金不足の自白書を置いた。
「百万円を抜いたと認めて署名しろ」
「触れていません」
「なら警察へ渡す。前科者になるか、自主退職で済ませるか選べ」
昼間、澤渡は金庫の不足を全員の前で由良のせいにし、彼女の鞄を床へ空けさせた。普段から窓口で失敗がなくても〈役立たず〉と呼び、歓送迎会の費用まで一人に払わせていた。
由良が署名を拒むと、澤渡は自白書へ自分で〈本人、黙秘〉と書き、立会人欄へ署名した。
「この原稿は焼却する。正式版には、おまえが認めたと書いておく」
彼は紙を封筒へ入れ、機密焼却箱へ落とした。
直後、内部監査室の職員が入ってきた。金庫の自動計数と帳簿が合わず、臨時検査になったのだ。
澤渡は平然と報告する。
「犯人は片瀬です。自白書も作成しましたが、本人が奪って処分しました」
監査員は焼却箱を開けた。機密文書は投入後すぐ燃えるのではなく、文書番号を読み取り、監査保全庫へ画像を送ってから焼却される。
壁面に、先ほどの自白書が映った。
紙の隅には肉眼で見えない微細な点が並び、印刷した端末と時刻を示している。
作成端末、澤渡次長席。
元ファイル名、〈片瀬に被せる自白書・最終〉。
文書の版履歴には、さらに一行残っていた。
〈金庫から移した百万円は、明日、旧金庫へ戻す〉
「誰かが私の端末を使った!」
「生体認証が必要です」
監査員が金庫の開閉記録を出す。閉店十分後、澤渡の掌紋で予備金庫が開き、百万円が旧金庫へ移されていた。彼は不足を作った後、由良へ濡れ衣を着せる書類まで自分で印刷していた。
「部下の防犯意識を試しただけだ」
「では、なぜ自白書を正式記録へ送らず、焼却したのですか」
澤渡は答えられない。
由良は床に落とされた鞄の中身を一つずつ戻した。最後に社員証を拾うと、入口で待っていた警察官が澤渡の前へ進む。
監査員は焼却保全番号を告げ、警察官が逮捕状を読み上げた。
「澤渡克己。業務上横領、証拠捏造および強要未遂の容疑で、逮捕する」