熱病沼を空にする
南方領では、夏になると「沼の呪い」が人を倒した。
高熱と震えで、鉱山の労働者四百人のうち百三十人が寝込む。神官は大沼へ銀貨を投げ、領主ギルベルトは薬草税を三倍にした。それでも病人は増えた。
前世で害虫防除に携わった修平は、宿舎裏の樽を覗いた。雨水に小さな幼虫が無数に揺れ、その上を縞のある蚊が飛んでいた。
修平が使った知識は一つ。蚊は大沼だけでなく、身近な溜まり水で増えるということ。
彼は沼を埋めなかった。空樽を伏せ、詰まった側溝を流し、古タイヤ代わりの荷車輪から水を抜いた。飲用水の桶には蓋をする。作業は鉱夫二十人で半日だった。
掘削魔法も大工事もいらない。修平が地図へ印をつけると、宿舎百棟の周囲に小さな青丸が三百四十二個も現れた。大沼一つより、放置された桶や溝のほうが人の寝床に近い。鉱夫たちは昼休みだけで青丸を半分消した。夕方には、宿舎前を歩いても足首へ蚊がまとわりつかなかった。
「そんな水たまりで呪いが止まるものか」
監督官オルフェンは笑い、薬草の追加注文を出した。
修平は宿舎の壁へ白布を二枚吊った。作業前の夜、布に止まった蚊は一時間で百七十六匹。水を抜いた三日後は二十九匹。一週間後は六匹。夜の羽音が消え、鉱夫は顔を叩かず眠れるようになった。
発熱者の数字は、さらに明白だった。第一週百三十人、第二週六十二人、第三週十八人。新たな患者は一日二十五人から二人へ減った。薬草を増やすどころか、在庫が余った。
監督官は「季節が変わった」と言い張った。だが隣の鉱山では同じ週に九十人が発熱している。違いは宿舎の周囲から消えた、桶一杯ほどの水だけだった。
領主ギルベルトは、修平が集めた幼虫入りの瓶を見て顔をしかめる。銀貨を投げた大沼ではなく、自分の館の花瓶にも同じ幼虫がいた。
その日の夕刻、領主は薬草税の廃止令と、新しい工事命令へ同時に署名した。
「全領の溜まり水を調べろ。修平を防疫長に任じ、必要な人員は好きなだけ使わせる」
鉱山の再開鐘が鳴る。百二十人の回復した鉱夫が、修平の前へ空の桶を伏せて並べた。