狸と午前二時のバターラーメン
山あいの郷土資料館で夜警をする柳楽志苑は、午前二時の巡回を終えた。
展示室には古い農具、祭りの面、誰かの日記。昼は子どもの声が響くが、夜は冷蔵庫の唸りまで聞こえる。
今夜、館長から来年度の来館者目標を聞かされた。数字を増やさなければ、開館日を減らすかもしれない。志苑にできるのは戸締まりと見回りだけで、考えても答えは出ない。
裏口の防犯灯の下に、狸が一匹座っていた。最近よく現れるが、近づけば逃げる。志苑は硝子越しに「お疲れ」と言い、休憩室へ戻った。
棚から塩ラーメンの袋を出す。鍋へ麺、冷凍コーン、白菜、薄切りベーコン。丼へ移し、真ん中へバターを大きく一片置く。胡椒を振ると、湯気の向こうで黄色い角がゆっくり崩れた。
「資料館の備品より、保存に向かない夕食だな」
誰も聞いていないので、志苑は自分で笑った。
麺をすすると、塩気のあるスープへバターの甘さが広がる。コーンを噛むたび小さく弾け、白菜は熱をたっぷり抱えていた。
壁には、昔の村祭りを撮った写真がある。人は少なく、山車も小さい。それでも写真の中の誰も、来場者数を数えていない。ただ火を焚き、餅を配り、夜を一緒に過ごしている。
志苑はノートを開き、次の夜間展示の案として〈古い夜食の道具〉と書いた。七輪、弁当箱、湯たんぽ。人を何百人呼べる案ではない。それでも一人が見に来て、何かを思い出すかもしれない。
食後、裏口を見ると狸はまだいた。志苑が近づくと、ようやく藪へ消えた。居た証拠は何も残らない。
「それでも、今夜はいた」
志苑は戸締まり表へ丸をつけた。
休憩室にはバターと胡椒の匂いが残り、古い館の廊下まで温かく感じられた。残すとは、消えないことではなく、誰かが一度そこにいたと覚えることなのだろう。
展示ケースの硝子へ、休憩室の明かりが細く映っていた。志苑は巡回のたび、その光を小さな焚き火のように感じた。胡椒の刺激が鼻に残り、古い道具たちも同じ夜食の湯気を覚えている気がした。