王子が直した灰受け

第三王子レフカは、王位争いに負けたのではない。参加しなかった。

兄たちが毒見役と近衛を奪い合う間、彼は継承権を返上し、地図の端にある開拓地を一つだけ求めた。着いた初日、家より先に目についたのは、灰受けの壊れたパン窯だった。

底の引き出しが錆びて動かず、灰が溜まりすぎて火の通り道を塞いでいる。

レフカはその引き出しだけを直すことにした。

冠を持つ手ではなく、油と砂を持つ手になった。錆へ油を染み込ませ、布で何度もこする。護衛を辞めてついてきたアシュが、王子の袖をまくり上げた。

「殿下、これは臣下に」

「ここには臣下はいない」

「では、私も手伝いません。隣人として押さえます」

二人で取っ手を引く。最初はびくともしなかったが、錆が茶色い粉になって落ち、引き出しは少しずつ前へ出た。中には数年分の灰が固まっている。

灰を畑の端へ運び、底板の穴を薄い鉄片で塞ぐ。引き出しを戻すと、今度は片手で滑らかに動いた。

薪を燃やせば、下から新しい空気が入り、炎が明るく立った。レフカは保存食の粉へ刻んだ玉葱を混ぜ、平たいパンを二枚だけ作る。窯床へ置くと、玉葱の汁が焼け、甘い匂いが立ち上った。

夕暮れ、王家の紋章を掲げた騎士団が到着した。長兄と次兄が同じ日に倒れ、レフカを王都へ迎えるという。

金糸の帰還書を、アシュが黙って差し出す。

レフカは受け取ったが、封を切らなかった。窯の灰受けを一度引き、溜まり具合を確かめる。まだ空だった。

パンを取り出すと、縁がぱりっと鳴った。割れた玉葱パンから、甘い湯気が二人の間へ広がる。

「王国が待っています」と団長が言った。

「パンも待っていた」

「同じに扱われますか」

レフカは熱い一枚をアシュへ渡した。

「こちらは、待たせれば冷める」

冠を捨てた王子が初めて直したのは、国ではなく灰受け一つだった。けれど火はよく燃え、二人分の夕食を焦がさなかった。

その夜、金糸の封より、玉葱の焼ける匂いのほうが、ずっと王者らしく土地を満たしていた。