番号違いの少年
屋代千尋は、婚約者・圭介の死後、三か月かけてようやく電話をかけた。
事故の日から聞きたかったことは一つだった。最後に送った「もう知らない」というメッセージを、圭介は読んだのか。
震える指で番号を押すと、知らない少年が出た。
『母さん?』
「違います」
『あ、ごめんなさい。番号違いですね』
死者回線の番号は死亡時刻から作られる。千尋は一桁打ち間違え、同じ日に亡くなった十五歳の夏目景へつないでいた。
切ろうとすると、景が慌てた。
『あの、母さんに電話してくれませんか』
「生きている人の番号は教えられない決まりでしょう」
『名前だけでも検索できます。折笠加代。僕、家出したまま事故に遭って』
千尋は断った。自分の悲しみだけで精いっぱいだった。
翌日、また圭介へかけようとして、同じ誤番号を押した。景は「わざとですね」と笑った。千尋は腹を立てながら、母親の名前を検索した。
加代は、行方不明の息子を探す投稿を今も毎週更新していた。遺体は身元不明のまま火葬され、景の死は伝わっていなかった。
千尋は迷った末、加代へ連絡した。詐欺だと疑われ、警察にも相談された。それでも死亡時の所持品や、景しか知らない犬の傷跡を伝えると、加代は会いに来た。
死者回線の前で、加代は一時間、接続ボタンを押せなかった。千尋は隣に座って待った。
ようやく声がつながると、加代は「どうして帰らなかったの」と叫び、景も「ごめん」と泣いた。二人の会話を聞きながら、千尋は部屋を出た。
その夜、圭介の正しい番号へ電話した。
「最後のメッセージ、読んだ?」
『読んだ。返信を考えてる途中だった』
「何て返すつもりだった?」
『明日、会って話そうって』
欲しかった答えは、未来の約束だった。もう実現しないからこそ、千尋は圭介の声へ住みついてしまいそうになった。
「私、今日、知らない親子を会わせたよ」
『君らしいね』
「ううん。前の私ならしなかった」
千尋は一度だけ笑い、電話を切った。
その後、身元不明者と家族をつなぐ支援団体で働き始めた。圭介へ報告したい出来事は何度もあったが、報告する代わりに、生きている同僚へ話した。番号違いは、圭介との最後を変えなかった。
ただ、最後の続きを持たない人が、自分だけではないと教えた。