痛みを預かる者
アシェナの術は、傷を治さなかった。
剣士の裂けた腕も、盾役の折れた骨も、そのまま残る。ただ痛みだけを細い糸で引き受け、仲間が動ける時間を作る。
傷が消えないため、治療成果は0%。隊長ゼクドは、苦しそうに立つ彼女を芝居だと笑った。
「治せない治癒役などいらない。痛いふりで同情を買うな」
アシェナは契約糸を外され、休養を命じられた。追放と同じ意味だった。
次の戦闘で、仲間は浅い傷を負った。命に関わるほどではない。ゼクドは進めと命じた。
だが指の切り傷で剣を握れず、打ち身で呼吸が乱れ、火傷で詠唱が途切れる。傷は小さくても、痛みは意思より早く身体を止めた。隊は洞窟の虫群に押し戻される。
宿で眠っていたアシェナの手首に、切られたはずの糸が浮かんだ。長く結ばれていた痛みの道が、完全には消えていなかった。
彼女は洞窟へ向かい、仲間の前へ立つ。
「治せないんだろう!」
ゼクドが叫ぶ。
「はい。だから、動ける間に帰ってください」
アシェナが糸を握ると、仲間の顔から苦痛が消えた。代わりに彼女の膝が震え、息が詰まる。それでも指示は明確だった。戦うのではなく、出口へ進ませる。
最後の仲間が洞窟を出たところで、アシェナは地面へ座った。
痛みが戻った仲間たちは、初めて自分の傷の重さを知った。今までは治ったと思い込み、彼女の青ざめた顔を演技だと見過ごしていた。アシェナが奪っていたのは手柄ではない。倒れるはずだった時間を、自分の身体へ移していたのだ。誰もゼクドの言い訳を聞かなかった。
ゼクドは助かった後も、傷が軽かったから帰れたと言った。
医療腕輪は、傷の大きさではなく失われた動作を算定した。握れなかった剣、唱えられなかった術、歩けなかった足。それらを動かした時間が、すべてアシェナへ繋がる。
仲間たちは彼女を運ぶ担架へ、ゼクドより先に手を掛けた。
《行動維持貢献・真正算定》
申告値:0% → 真値:99%
働き順位:首位 アシェナ
役割更新:慰め役 → 戦闘医療長
旧隊長ゼクド:安静管理対象