白い軍手の旧姓

十六時五十分。赤堀征矢は閉校前の高校で、石榑蘭とマッチした。廃品回収車が出るまで十分。校内清掃の参加者名簿で今の姓を見ても、彼女だとは分からなかった。

「旧姓、藤崎」と蘭が言い、白い軍手を見せた。手首に〈F〉の刺繍。文化祭の片づけで征矢が貸したものだった。二人は同じ係で、ペンキのついた軍手を左右一枚ずつ交換した。蘭は白い布に旧姓の頭文字を縫い、征矢は自分のものへ〈A〉と書いた。卒業後に返して一緒に新しい手袋を買う約束だけが、転校で取り残された。蘭のプロフィール写真には軍手の右手だけが写り、自己紹介には〈片方を探しています〉とあった。征矢は比喩だと思った。軍手の指先には、二人で塗った文化祭看板の赤がまだ染みている。洗っても消えなかった色だった。

卒業直前、蘭は突然転校した。両親の離婚で母の実家へ移り、電話番号も姓も変わった。征矢は何も告げず消えた彼女を恨み、届いた知らない番号からの着信も取らなかった。

「アプリでは気づかなかった?」

「写真、後ろ姿だっただろ」

「気づくか試したかった」

「難易度高すぎる」

二人は笑ったが、笑えない年月が間に残った。蘭は今夜の最終便で帰る。もうこの町へ来る理由はないという。

廃棄箱を運んでいた用務員が、片方だけの古い軍手を投げた。征矢のイニシャル〈A〉が縫われている。高校時代、蘭へ貸した対のもう一方だった。

内側から折り畳んだ紙が落ちる。

〈名字が変わっても、見つけて。次に会えたら好きって言う〉

蘭は転校の日、征矢の靴箱へ入れたつもりだった。清掃係が落とし物として保管し、閉校する今日まで誰にも届かなかった。

同時にアプリへ九分前のメッセージが表示される。

〈見つけてくれなくても、私は今日言うつもり〉

蘭は送信失敗だと思い、もう諦めた顔でバス停へ向かった。最終バスの発車音が校門から聞こえる。

征矢は自分の帰りの整理券を係員へ返し、軍手を両手にはめた。

彼はバスを見送り、蘭と同じごみ袋を持ち上げた。