盗まれた投稿の署名
月岡彩子は、企画会議で自分の文章を読み上げられた。
若手社員が提案したキャンペーン案。その中心にある「朝を迎えるたび、推しに出会い直す」という言葉は、彩子がファンアカウント「明け方の合唱」で書いた投稿そのものだった。音楽ユニットDawn Chorusの周年に寄せ、何日も推敲した一文だ。
資料には出典がない。提案者は「SNSで見かけた一般ファンの言葉」と説明した。
彩子は黙っていれば、ファンアカウントの身元は守れる。名乗れば、仕事中も推しのことばかり考えていると思われるかもしれない。
部長が採決へ進もうとしたとき、彩子は手を挙げた。
「その文章の作者は私です」
会議室が静まった。
彩子は自分のスマホで下書き履歴を示した。投稿日時より前の文案、修正記録、撮影したノート。提案者の顔色が変わる。
「趣味のアカウントですが、文章は自由に使ってよい素材ではありません」
声は震えたが、撤回しなかった。
会議は中断され、企画は差し戻された。後日、会社は転載確認の手順を作り、提案者から正式な謝罪があった。彩子には、キャンペーンへの参加を条件付きで打診された。
身元を明かした夜、彩子は同僚全員が過去の投稿を読み始める想像に耐えられず、アカウントを非公開にした。翌朝、部長は「仕事に必要な投稿以外は見ない」と宣言し、検索した者にも閲覧をやめるよう求めた。作者だと認めることは、私生活を丸ごと提出することではない。その線を会社側も守ると示した。
彼女は、自分の文章を使うなら作者名を表示すること、ファンの投稿を募集するなら利用範囲を明示することを求めた。表示名は本名かアカウント名か選べるという。
彩子は少し迷い、「月岡彩子/明け方の合唱」と書いた。
公開された広告には、二つの名が小さく並んだ。職場の人にアカウントは知られた。それでも、盗まれて無名になるより、自分で名乗って守るほうを選んだ。
朝、その広告を見上げた彩子は、推しにではなく、自分の言葉にもう一度出会った。