眠らないワゴン車
支援団体へ寄付された古いワゴン車は、座席に染みがあり、天井の室内灯も点かなかった。それでも、夜勤へ行く住人を送るには必要だった。
末広恒星と鷺森弥琴が整備を任された。恒星は以前、半年ほど車中で暮らしていた。鍵のかかる箱と横になれる座席があれば、それで十分だと思っていた。
二人は全座席を外し、洗剤でこすった。灰色の水が何度も出た。弥琴が掃除機をかけ、恒星がレールへ油を差す。後部座席の下から、古い毛布と十円玉が七枚見つかった。
「毛布、捨てる?」
「洗えば使える」
「車で寝る気?」
「災害用」
恒星は答えた。実際には、共同住宅で揉めたときの逃げ場所にするつもりだった。荷物の半分は、いつでも運べるよう玄関にまとめてある。
室内灯は電球ではなく配線の断線だった。バッテリーの端子を外し、弥琴が懐中電灯を照らす横で、恒星が天井裏の線をつないだ。圧着端子を潰し、スイッチを入れる。白い灯りが車内を満たし、洗い残した染みまで見えた。
「明るすぎる」
「眠る車じゃないから」
試運転で坂道を一周した。戻ると、恒星はいつもの癖で車を道路へ頭から向けた。すぐ逃げられる停め方だ。
弥琴は何も言わず、後ろの門が開かないことを指差した。荷物を積むには、車体を反対へ向ける必要がある。
恒星は切り返し、鼻先を共同住宅へ向けて駐車した。洗った毛布を後部へ畳み、鍵を自分のポケットへ入れかける。
室内灯を消す前、恒星は後部座席へ一度だけ横になった。天井は低く、洗剤の匂いが強い。昔なら、ここに水と毛布を積めば安心できた。今は窓越しに共同住宅の台所が見え、誰かが夕食の皿を五枚並べている。恒星は起き上がり、座席を荷物用の位置へ戻した。車は眠る場所ではなく、戻るための足になった。
運転席の日よけには、送迎時刻を書いた紙が挟まれた。最初の欄は恒星の早朝勤務だった。自分で運転する日にも、出発地はこの家になっていた。
玄関の壁には、住人全員が使う鍵板がある。恒星はワゴン車の札を一つ作り、そこへ鍵を掛けた。自分の逃走用の鞄は、翌朝になってから玄関の奥へ移した。