眠れない王都に返す枕
王都から眠りが消えて十日目、誰も笑わなくなった。
夢喰いの魔王を討った国王が、その角を玉座に飾った夜からだ。角は人々の眠りを吸い続け、王だけが集めた夢を飲んで元気になっている。
洗濯女メイファは、眠れず泣く子どもたちのシーツを毎朝洗った。薬も祈りも効かない。衛兵は「王の戦利品に触れるな」と城門を固める。
十一日目、施療所の老人が心臓を止めかけた。今夜こそ眠らせなければ死ぬ。
濡れたシーツを絞った時、水滴が文字になった。
《条件達成:自分も眠れないまま、他人の寝床を千床整えた者》
《主人公専用排出枠〈安眠〉》
《一度だけ、奪われた休息を返す寝具を排出します》
引くと、綿の偏った小さな枕が現れた。
《おかえり枕》
《この枕を待つすべての眠りへ、帰る場所を与える》
「一人分にも小さすぎる」と医師は肩を落とす。
メイファは老人の頭の下ではなく、王都中央の鐘楼、その影へ枕を置いた。毎晩、鐘の音を合図に人々が床へ入るからだ。
枕が一度ふくらむ。
城の玉座から、金や青や桃色の光が無数に飛び出した。奪われた夢だ。光は窓をすり抜け、それぞれの家へ帰っていく。老人は深く息を吸い、十日ぶりにいびきをかいた。子どもは母の腕でまぶたを閉じ、夜勤明けの兵士は靴も脱がず椅子で眠った。
王都全体が静かになる。喧嘩も、泣き声も、過労で回り続けていた工房の音も止まった。
ただ一人、国王だけが玉座で目を見開いている。人々から奪った眠りで保っていた若さが剥がれ、十日分ではなく、踏みにじった年月すべての疲労が戻ったのだ。
「余の眠りも返せ!」
城へ連行されたメイファは、空いた枕を抱え直した。
「これは帰る場所を待つ眠りの枕です。あなたは他人の眠りを自分の物にした。まず返し終えてください」
国王はその場で崩れ、衛兵たちは剣より先に寝台を用意した。裁きは皆が目覚めてからでいい。
メイファも施療所へ戻り、洗い立てのシーツへ横になる。枕は小さいのに、頭を載せると十年分の安心があった。
夜明け前、枕の縫い目へ星々が灯る。
《生命級神器〈万民帰眠枕〉》
《世界初回復:都市人口八万四千名の睡眠》
《最後の対象――メイファ。おやすみなさい》