石段の木の実灯
町外れの小さな社では、毎月、月の細い夜に動物たちが石段へ集まる。
穴熊の煤竹、狐の薄明、栗鼠の丸枝、森鳩の羽休め。椎の実を半分に割った器へ露を入れ、落ちた榊の葉を皿にして、思い出を一つずつ持ち寄る。
それは会議ではなく、忘れないための茶会だった。
「今月は、黄色い帽子の犬」
煤竹が言う。
長いあいだ、夕方になると老人と石段を上ってきた老犬がいた。老人が亡くなったあとも、家族と何度か参ったが、最近は姿を見せない。
「遠くへ引っ越したらしい」
薄明が町の噂を聞いていた。
「では、席を片づける?」
丸枝が、犬のために空けていた平たい石を見る。
「空けておく」
羽休めが答えた。
「来ない席と、いなくなった席は違う」
動物たちは、それぞれ犬の思い出を話した。
煤竹は、雨の日に傘の下へ入れてもらったこと。
丸枝は、落とした木の実を鼻先で見つけてもらったこと。
薄明は、一度だけ姿を見られたのに、犬が吠えずにいてくれたこと。
羽休めは、老人が犬へ「ゆっくりでいい」と毎段言っていた声を覚えていた。
茶会の終わり、煤竹は平たい石へ椎の実を一つ置いた。
匂いは遠くへ届かない。それでも、席があることを示す印だった。
翌月の夜、石段の下で鈴が鳴った。
見知らぬ車から、家族に抱かれた老犬が降りる。足は弱り、自分では上れないらしい。
「ここ、覚えてるかな」
家族が言う。
犬は鼻を上げ、石段の匂いを長く吸った。
そして平たい石の前で、尾を一度だけ動かした。
人間たちは昼のうちに帰った。
夜になると、動物たちは犬が伏せていた石を囲む。毛の匂いと、家族が持参した温かい麦茶の残り香が、まだそこにあった。
「席は使われた」
丸枝が嬉しそうに言う。
「また空けておこう」
薄明が尾を巻く。
煤竹は椎の実の器へ露を注いだ。
思い出は呼び戻すためだけにあるのではない。遠くで暮らす誰かが、ここへ帰れる道を失わないよう、小さな灯りとして置いておくこともできる。
石段の上では榊の葉が風に揺れ、湿った土と麦茶の香りが混じった。
動物たちは空いた席へ背を向けず、かといって寂しそうにもせず、月のない空の下で温かな露を一口ずつ分け合った。