社名のない領収書
監査室へ異動したばかりの塩谷隼人は、領収書の社名欄が空いていると、つい裏返してしまう癖があった。表にない情報が、裏に残ることがある。
港湾倉庫の補修入札を前に、参加三社から接触状況の自己申告書が提出された。どの社も『他の参加者との接触なし』に丸を付けている。添付された社内会議費の一覧を確認していた隼人は、三社それぞれに同じ飲食店の領収書コピーを見つけた。
日付は開札前夜。時刻は二十一時四十八分。金額は四万七千二百円。領収書番号は041728。三社とも、同じ一枚を自社の経費として申告していた。社名欄だけが空白だったため、それぞれ自社の会議費だと言い張れたらしい。
裏面を確認すると、店員の走り書きが薄く写っていた。『三社合同・奥座敷』。人数は六名。
契約課長は、コピーの重複ミスだと言った。隼人は原本照合票を示した。三社の経理担当が、それぞれ『原本と相違なし』と署名している。同じ番号の原本が三社に一枚ずつ存在するはずはない。
開札結果は、三社の価格が二十万円刻みで並び、前年落札していない会社が最安だった。
落札決裁会議で、隼人は三枚のコピーを透明シートに入れ、重ねた。店の印、折れ目、油染みまで完全に一致した。
「社名はありません。でも、番号は一つです」
委員長が三社の自己申告書を横へ置く。『接触なし』の丸が三つ並んだ。その下に、同じ奥座敷の領収書が一枚。
契約課長が、食事をしただけでは談合にならないと言った。隼人は、ならばなぜ三社とも隠したのですか、と返した。
三枚のコピーには、電子帳簿保存用のQRコードも同じ位置にあった。隼人が読み取ると、いずれも同じ取引IDを返した。別会計なら番号は分かれる。委員長は各社の経理責任者署名を見た。三人とも、同じ一件を自社だけの会食として保証している。領収書の裏の『六名』は、入札担当者二名ずつでちょうど埋まった。接触なしという丸印が、急に空虚な輪に見えた。
委員長は決裁印の蓋を閉じた。乾いた音がして、社名のない夜が契約を止めた。