祝福の返信は明日の朝

藍乃が待っているのは、周吾からではなく、親友からの返信だった。

周吾は親友の弟だ。高校時代、親友の家へ泊まるたび、制服姿の彼を廊下で見かけた。その記憶があるせいで、今の周吾と向き合っても「弟」という札がなかなか剥がれなかった。三歳下で、昔は部屋に入るたび挨拶もせず冷蔵庫を開ける子だった。大人になって再会し、二人で会うようになっても、藍乃は好きと言えなかった。親友との二十年を裏切る気がしたからだ。もし別れたら、正月も誕生日も三人で集まれなくなる。恋を選ぶだけで、長い友情の予定表まで書き換わるのが怖かった。

今夜、周吾に「もう隠して会うのはやめよう」と言われ、親友へ《話したいことがある》と送った。既読はつかない。親友は翌朝早く新婚旅行へ出る。返信を急かしたくないのに、飛行機が離陸すれば一週間は話せない。藍乃は五分おきに画面を起こした。バッテリーだけが減っていった。

ホテルのロビーは零時で施錠される。見送りのあと、藍乃と周吾は忘れ物を取りに戻り、止まったサービスエレベーターへ閉じ込められた。復旧まで六分。

「内緒にしよう」と藍乃は言った。

「また?」

「旅行から帰ってから話せばいい」

「内緒にしようって、俺とのことを悪いことにする言葉だよ」

周吾のスマートフォンには、姉へ送るはずだった写真が表示されていた。藍乃の手と、周吾のコーヒーカップが写っている。顔はないのに、二人だと分かる写真だった。藍乃のカップだけ、周吾がいつも入れる蜂蜜の包み紙が添えてある。

「失いたくないの」

「姉ちゃんを?」

「二人とも」

「なら、二人とも信じて」

エレベーターが動き出す。あと一階で扉が開けば、また別々に帰れる。

藍乃は親友とのトークを開き、三度目を言い直した。

「内緒にしたくない。祝ってほしいんじゃなくて、私から話したい」

写真を添付し、周吾の手を切り取らずに送った。

扉が開いた。返信はまだない。それでも藍乃は送信取消を押さず、周吾と並んで、始発まで開いている喫茶店へ向かった。