穴子の白焼きに選ぶもの

オンライン会議で、僕は三十分、一度もカメラをつけなかった。

開発中のゲームについて、仕様変更に反対だった。だが画面の向こうでは発言の強い人だけが話し、僕はマイクを切ったままチャットへ短い反論を書いた。会議後、同僚から『怒ってるなら顔見せて話して』と送られた。怒っていたのではない。怖かったのだ。以前、会議で案を否定されたとき、声が裏返って笑われたことがある。それ以来、チャットなら冷静でいられると、自分に言い聞かせてきた。

初めて入った居酒屋には、無口な常連が一人いた。古い二つ折り携帯をカウンターへ置き、店主と目が合うたび、小さく頷くだけだった。画面は傷だらけだが、伏せずに表へ向けてある。

穴子の白焼きを頼んだ。網の上で脂が落ち、ちりちりと細い音がした。淡い煙と魚の甘い匂いが立ち、皿の身は白く、表面だけ薄く焦げていた。塩と山葵が別々に添えられている。

「どっちが正解ですか」

僕が聞くと、店主は首を傾けた。

「一切れずつで分かる」

最初は塩。穴子の脂がまっすぐ甘くなった。次は山葵。鼻へ抜ける辛さで、後味が軽くなった。どちらかを選ぶ前に、試せばよかっただけだった。

奥の常連の携帯が光った。男はすぐに出ず、相手の名前を確認してから通話ボタンを押した。「うん」と一言だけ答え、席を立って店の外へ出た。無口でも、つながる方法まで閉じているわけではない。

僕は同僚へ、『怒ってない。会議で話すのが怖くて黙った。明日の朝、カメラをつけて十五分だけ説明したい』と返した。仕様変更への反対は引っ込めない。相手の反応を見れば、もっと言葉に詰まるかもしれない。自分の案が採用される保証もない。ただ、文字だけに隠れて相手の表情を想像するのはやめる。

明日の会議招待を作り、資料を三枚に減らした。

最後の一切れには塩を少し、山葵をほんの少しだけのせた。脂の温かさと辛さが順に来て、どちらも消えずに喉を通った。白い身の柔らかさが、口の中へ静かに残った。