空席に咲くダリア

加賀谷柚葉が選んだ旧作映画の特集は、毎週金曜、客席が十人にも満たなかった。

それでも最終回になると、A列七番だけには赤いダリアが一本置かれていた。花には未使用の半券が結ばれ、送り主の名はない。上映後も花だけは席を立たず、暗くなったスクリーンを向いていた。

一席分の売上では、冷房代にもならない。支配人は花を忘れ物箱へ移すよう言ったが、柚葉は上映が終わるまで座らせた。暗闇で赤い花だけがスクリーンの光を受け、誰かが最後まで見届けているように思えた。

候補は、上映中ずっと映写室にいる薬師寺、毎週A七に座っていた映画評ライターの榎並、特集を企画して退職した本郷。三人とも、この上映を終わらせたくない理由があった。

柚葉は半券の番号を販売記録と照合した。毎回、オンライン会員が購入し、入場処理だけされていない席だった。花の包み紙は、雑誌の校正刷り。A七は、榎並が取材の際に必ず選ぶ席だった。

榎並は特集初日の一本目を途中退席し、その夜、映像を「独りよがり」と評した。記事が出てから客足は落ちた。柚葉は上映継続を頼んだが、来週の数字次第では打ち切りと決まっていた。

最終回の前、柚葉はA七に座って待った。榎並はダリアを抱えて現れ、逃げるように通路を見た。

初日は家族から緊急連絡が入り、彼は物語の転換前に席を立っていた。後日見直し、自分の批評が誤っていたと気づいた。訂正記事は次号まで出せない。そこで毎週一席を買い、花を置き、せめて「誰も来なかった上映」にしないようにしたという。

「直接謝れば、訂正まで話題作りに見えると思った」

「だから花に座ってもらったんですか」

榎並はうなずいた。さらに次号では、誤りを明記したうえで特集全体を再評価すると約束した。

その夜は、訂正記事を待たず二十八人が来た。榎並が個人アカウントで「最後まで見てほしい」とだけ書いたからだった。

柚葉は売店の塩味ポップコーンを一粒つまむ。

「花より、人が座る音のほうがいいですね」