竜骨鉱床の湯治客

サナが買った温泉宿の裏山には、竜の骨が埋まっている。

古代竜の化石は魔力を帯び、薬や杖の材料になる。ただし掘るのは危険だ。普通なら護衛と採掘士を何十人も要する。

サナは誰も雇わなかった。

裏山に棲む骨蟻たちは、化石を巣材にする。大きすぎる欠片だけを地表へ押し出す習性があり、自動刻印台がそれを買付組合へ転送する。代わりにサナは砂糖を少し撒く。採掘は蟻の暮らしのついでで、急がせる必要もない。

竜骨相場が上がった日も、サナは砂糖を増やさなかった。稼げるからと働く量を増やせば、昔の団と同じになる。必要な分が入れば、残りは山のものだった。

冒険者団で補給係をしていたころ、サナには「ついで」の仕事ばかり増えた。革鎧の腰は荷袋に擦れて裂け、背中には薬瓶の棚を背負った跡が残る。戦闘が終われば治療、炊事、装備修理。休暇申請を出すと、その夜に限って緊急遠征が入った。

退団後の冒険者札には、未読依頼が九十九件で止まっていた。表示の限界らしい。

昼下がり、湯治宿の受付板が鳴った。

《竜骨片二点、売却完了。宿の維持費および食費、二月分を受領》

団で命がけの遠征をした報酬より少ない。それでも、鎧を着ずに得られた二月だった。

冒険者札が赤く燃え、元団長ティモンが姿を現す。

『古竜迷宮へ行く。補給を任せられるのはお前だけだ。今回だけ戻れ』

「行きません」

『竜骨を売って暮らしているくせに、竜討伐を拒むのか』

「死んだ竜の、蟻が運べる分だけです。生きた竜には近づきません」

『取り分を二倍にする』

「温泉に浸かる時間が半分になります」

『仲間が危険でもか』

サナは受付の奥を見た。今週の湯治客は自分一人。誰の包帯も替えなくていい。

「私を仲間だと言いながら、荷物の数に入れていませんでしたよね」

札の冒険者紋を湯気にかざすと、退団済みの印が浮いた。サナはその印を指で押し、呼出し機能を完全に閉じた。

裏山では骨蟻が一列に帰っていく。今日の採掘は終わりだ。

サナも浴衣へ着替え、露天風呂へ入った。肩まで沈み、湯桶を枕にする。

次の依頼ではなく、次のあくびが来るのを待った。