紫陽花の曲がり角
児童相談所へ連絡するか迷いながら、私は姉の家を出た。姪の腕にあった痣を、転んだだけという言葉で済ませていいのか。スマートフォンを握ったまま歩くと、高校時代の通学路にある紫陽花の角へ出た。
梅雨の葉へ触れた瞬間、比奈乃の泣き腫らした顔が戻った。
高校二年の頃、私は家で父に怒鳴られていることを、比奈乃にだけ話していた。絶対に誰にも言わないで、と何度も約束させた。けれど翌週、担任と養護教諭が私を呼び出した。比奈乃が相談したのだ。
私は裏切られたと思った。紫陽花の陰で彼女を責め、「友達じゃない」と言った。比奈乃は泣きながら、「友達だから黙れなかった」と答えた。
その後、父は家を離れ、私は母と暮らし直した。助かったと分かっても、比奈乃には謝れなかった。自分の秘密が他人の手へ渡った怖さも本物だったからだ。私たちは卒業まで口をきかなかった。
今、姉は疲れ切っている。姪を愛していることも知っている。通報すれば姉を傷つけ、家族を壊すかもしれない。黙れば、姪が一人で耐えることになるかもしれない。
紫陽花は雨を含み、重たく頭を垂れている。花びらに見える部分は萼で、本当の花は中央の小さな粒だと、比奈乃が教えてくれた。見えている形だけで決めないこと。あの頃の私は、その意味を理解できなかった。
私は相談窓口へ電話をかけた。断定はせず、見たことと聞いたことをそのまま話す。声は震えた。姉を罰したいわけではないことも、家族だけでは抱えきれないことも伝えた。
通話を終えると、紫陽花の葉から雫が落ちた。正しかったかはまだ分からない。姉に恨まれるかもしれない。それでも、沈黙だけを優しさと呼ぶのはやめる。
比奈乃の連絡先はもう知らない。謝罪を届けられなくても、彼女が選んだ痛い優しさを、今日の私が次へ渡すことはできる。
青かった花は土の違いで赤紫に変わっていた。同じ株でも、置かれた場所で色は変わる。姉にも私にも、責める以外の環境が必要なのだと思った。
私は姉の家へ戻るため、来た道を曲がった。今度は責められる覚悟ではなく、一緒に助けを受けようと伝えるために。