聖女処刑の代わりに
聖女イルマが異端として火刑台へ上げられたとき、護衛ヴァレトは群衆の中にいた。
大審問官セドラスは、彼女が治した貧民を「奇跡の偽造」と呼び、告発者へ金貨を配っていた。裁判は終わっている。あとは大聖堂の白竜アウロが、罪人を炎で清めるだけだった。
「最後に罪を認めよ」とセドラスが言う。
イルマが答える前に、ヴァレトが柵を越えた。火刑台へ上がり、聖女の前で片膝をつく。両手には、彼女から預かった小さな祈り紐を掲げた。
「清めが必要なら、まず護衛からどうぞ」
「共犯者め。望みどおりにしろ」
白竜が聖炎を吐く。火刑台の薪は白く燃え、鉄の枷まで光の粒に変わった。群衆が目を閉じ、審問官だけが満足げに見つめる。
その顔から笑みが消えた。
炎の中で、祈り紐の木玉が一つも弾けなかったからだ。
煙が晴れる。ヴァレトは同じ姿勢で片膝をつき、祈り紐を掲げていた。背後のイルマも無傷で、彼の肩へ手を置いている。
アウロが低く鳴く。白竜は聖なる者と穢れた者を匂いで見分ける。目の前の二人から罪の臭いはせず、命令を出した審問官からだけ、腐った金貨の臭いがした。
群衆の間に囁きが広がった。盲目を治された娘、熱病から戻った老人、歩けるようになった兵士。偽造された奇跡だというなら、広場には偽物の命が多すぎた。白竜は翼を広げ、二人を審問官の視線から隠した。
「竜が惑わされた!」
セドラスは聖印を白竜の額へ押しつける。
「原罪まで焼く《審判炎》を放て!」
二撃目の炎は金色だった。触れた者の肉ではなく、魂の記録を燃やす。大聖堂の鐘がひとりでに鳴り、火刑台の石まで文字を失って崩れる。
光が収まる。
ヴァレトは祈り紐を掲げたまま、同じ片膝の姿勢を保っていた。イルマの名も、彼が守ると誓った日の記憶も消えていない。
「私は一度死に、聖女様に戻されました。それ以来、死も呪いも、二度目は私を通れません」
彼が立つと、群衆の治療痕が一斉に淡く光る。偽造ではない証拠が、広場じゅうに現れた。
アウロは審問官へ向き直る。
大審問官セドラスは、護衛の前ではなく白竜の視線から一歩退いた。