花を置く場所
母の葬儀に、睦季を連れていかなかった。
逃げて六年。母は謝罪の手紙を何度も送り、病気になってからは会いたいと訴えた。けれど、毒を薄めたからといって飲めるようにはならない。妹が迷うたび、私は手紙を預かり、「読むのは回復してから」と言った。差出人欄に病院名があるものも、母の字が震えているものも、封を切らず日付順に並べた。睦季が返事を書いた夜は、投函すると約束して私の鞄へ入れた。実際には一通も送らなかった。
葬儀の朝、睦季は白い花を一輪買った。
「墓前に置いてきて」
「分かった」
私は花を新聞紙で包み、妹の目の前で鞄へ入れた。
会場では、母が最期に「睦季から返事が一度もない」と漏らしていた、と親族が話した。それでも親族は、母は最期まで娘たちを心配していたと繰り返した。私は何も答えなかった。棺の中の顔は小さく、昔より無害に見えた。それこそ母の最後の演技だと思った。
帰宅すると、睦季は花を置いたか尋ねた。
「もちろん」
嘘をついた。花は鞄の底に残っていた。墓前へ置けば、妹の思いが私の手を離れ、母と二人だけのものになる。それが耐えられなかった。母の墓に妹の気持ちを渡したくなかった。謝罪を読めば、睦季は優しいから許してしまう。許せば、私と同じ傷を持つ人ではなくなる。
その夜、睦季が私の机を開けた。引き出しには、母から届いた十二通の手紙が未開封のまま入っていた。私は読む必要がないものを保管していただけだと説明した。
「私宛てだよね」
「あなたを守ったの」
睦季は、自分が書いた返事まで引き出しにあることに気づいた。切手は貼られたまま、消印だけがなかった。
「私が決めることまで?」
睦季は十二通を持ち、玄関へ向かった。私は腕をつかまず、代わりに白い花を差し出した。もう萎れていた。
妹は受け取らなかった。十二通の手紙と、自分の返事を抱えたまま、母を許すためではなく、自分で読むためだと言った。
「それ、お姉ちゃんが置きたい場所に置けば」
扉が閉まったあと、私は花を自分の寝室へ運んだ。
白い花は、空になった引き出しの中央で、妹からの返事を待つように横たわった。