花市場の赤い札

青いバラ百本が、夜明け前の出荷口で待っていた。

翌日の結婚式へ届ける注文で、立花芹が花の卸売会社で最後に担当する荷だ。競りが終われば、退職届を班長へ渡すつもりだった。冷蔵庫から出された箱には、検品済みを示す赤い札が付いていた。

競り場では台車の車輪が鳴り、濡れた葉と段ボールの匂いが夜気に混じっている。青いバラは花嫁が亡き父の好きだった色を選んだものだと、注文票の余白に書かれていた。代わりが利く百本ではなかった。

芹は一本を持ち上げ、花弁の縁を指でなぞった。青い染料が薄くにじみ、外側だけがぬるい。冷えた花を急に暖かい作業場へ出したため、箱の内側に結露ができている。このまま包装すれば、式の朝には花弁が茶色くなる。

退職理由は夜勤だったが、芹が本当に疲れていたのは、花が傷む前兆を見つけても「札がある」の一言で目を閉じることだった。眠さより、見なかったことにする方が、朝まで残った。

「札が付いてるなら出して。予備は別の注文分だ」

班長は台車を押した。

芹は出荷口の前へ立った。

「検品した時刻が二時間前です。今の状態は、今確認します」

芹は箱を低温の前室へ戻し、蓋を少しずつ開けて結露を逃がした。花弁には触れず、傷み始めた二十六本だけを外す。予備ロットから同じ長さの花を選び、染料の濃さをそろえた。新人の七海が、赤い札を見ながら戸惑っている。

「検品済みなら、もう触らない方がいいと思ってました」

「札は昨日の答え。花は今日も変わる。色と温度を見て、札より先に花を信じて」

芹は出荷前の温度確認欄を追加し、箱を作業場へ出す時刻も記録した。配送車の出発は十二分遅れたが、会場の花店から届いた写真では、百本すべてが青いまま立っていた。

班長は売上伝票を閉じて言った。

「昼の検品担当に移す。夜勤が理由なら、辞めなくていい」

芹は少しだけ迷った。けれど異動は口頭で、繁忙期には夜へ戻すという但し書きが付いた。

退職届を渡し、町の花店から届いた契約書の勤務欄へ〈九時から十八時〉と書き込む。

赤い札ではなく、白い紙に残った時刻を選んだ。